「初めまして」
 こう言いながら、目の前の人物はラクスに花束を差し出してくる。それの多くは大輪の薔薇だ。この事実からも、彼が自分の事を何も知らないのだ、とラクスは判断をする。
「アスラン・ザラです」
 そういって、彼は口元だけに笑みを刻んだ。
「ありがとうございます、アスラン様。私がラクス・クラインですわ」
 やはり、パトリックに言われて、義務として自分の元を訪れたのか。彼のその表情からそうも推測をする。
「早速ですが、私たちはいつ、結婚しますのでしょうか」
 少し彼を揺さぶって、本音を確認しなければ。
 そう考えて、少し突拍子もないセリフを口にする。
「でも、私と貴方の子供でしたら……紫の髪の子供になるのでしょうか」
 自分が一番可愛らしく見える角度に首をかしげて、ラクスはこう告げた。
 その瞬間、アスランが微妙な表情を作ったのがわかる。これは、後一押しで彼の本心を引き出せるかもしれない、と思う。
「しかし、紫の髪ですと……私の瞳の色とも貴方の瞳の色とも合いませんわね。それに、私は紫でしたら瞳の色がいいと思いますの」
 キラの瞳の色を思い出しながら言葉を口にすれば、自然と柔らかな笑みが口元に浮かんだ。
 それでも、視線だけは真っ直ぐにアスランを見つめている。
「紫の瞳ですか」
 不意に少しだけ優しい表情を作りながら、アスランはこう告げた。しかし、彼の瞳はラクスを見ていない。もっと他のものを見つめているように思えるのはラクスの錯覚ではないだろう。
「私の友人にも、紫の瞳の奴がいましたよ。今は……行方がわかりませんが」
 少しだけ寂しげな口調で彼はこう続ける。
 しかし、それを素直に受け止めていいのかどうかは、ラクスにはわからない。
 自分にしてみれば、彼の言葉よりもカナードやレイの言葉の方が真実みを帯びて聞こえる。何よりも、キラのあの態度が全てを如実に証明しているのではないか。
「そういえば、そいつの名前は《キラ・ヤマト》というのですが……貴方のお友達にも同じ名前の方がいるとか」
 ひょっとしたら、自分が行方を捜している友人ではないか……とアスランは探りを入れてくる。というよりも、自分との会見に臨んだのはそれが目的なのではないか、とそう思うのだ。
「まぁ、そうですの。偶然ですわね」
 もっとも、それは最初から想像がついていたことである。
 ラクスとキラの関係は、もう周知の事実だ。そして、キラの才能が徐々に知れ渡り始めた以上、自分たちに興味がない人間でも名前を耳に挟むことはあるだろう。それがキラにとって危険だと言うこともわかっていた。それでも、自分が彼女の才能を大勢の人間に知らしめたかったのだ。
 だから、と言うわけではないが、キラが作るプログラムのほとんどは、ラクスのプロモーションビデオに関わるものだけだと言っていい。もちろん、それはあくまでも名前を出しているものだけであり、ラウやギルバートが持ってくる無記名での仕事に関してはどこまで手を出しているのかまでは把握していないが。
「でも、女性のお友達がいらっしゃるのですか?」
 どのようなお方ですの? とラクスはあくまでも無邪気な口調で問いかける。
「女性?」
 アスランが微かに目をすがめた。
「えぇ、そうですわ。可愛らしい女性ですの」
 だからといって、決して卑屈なわけではない。最近は自分に自信が出てきたせいか、とても魅力的になってきたのだ、とラクスは心の中だけで付け加えた。
 そう。
 それこそ御邪魔虫を排除するのが大変なくらいだと言っていい。
 もっとも、自分が側にいられないときにはルナマリアがいてくれるし、何よりもシンとレイの鉄壁の防御を突破できるような人間がそういるとは思えないのだ。
「そう、ですか」
 アスランの瞳に、何やら傷ついたような光が見え隠れしている。
 どうやら、本気で今ラクスの側にいる《キラ》が彼の探している《キラ》だと思っていたらしい。それに関しては否定しないが、彼がキラ本来の性別について知らないのだ、と言うこともこれで確信できた。
 しかし、とラクスは心の中で呟く。
 本人に会わせてしまえば、絶対にばれる。
「お役に立てなくて、申し訳ありません」
 だから、少しでもその状況を先延ばししなければ……とラクスは改めて決意した。もっとも、それを表に出すことはない。
「いえ。私の方こそ、ぶしつけな質問をしてしまい、申し訳ありません」
 決して、彼も諦めてはいない。それはその表情からも推測できた。
 いや、あるいは自分が嘘をついていると思っているのかもしれない。これは、後でカナードと相談をしておいた方がいいだろう。
「お気になさらないでください。大切なお友達が行方不明なのでしたら、ご心配でしょうし」
 自分は、彼が《キラ》にどのようなことをしたのかを知らないのだ。そうであれば口にするであろう言葉を、ラクスは微笑みとともに告げる。
「それよりも、アスランは何がお好きですの?」
 そのまま、さりげなく話題を変える。
「私、ですか?」
「はい。やはり、お互いのことをよく知らないといけませんでしょう?」
 違いますか? と小首をかしげながら付け加えたときだ。まるでタイミングを計っていたかのようにオカピがゆっくりとこちらの方へと進んでくる。その動きがぎこちないのは、先日の悪ふざけのせいだ。
「あれは……壊れているのですか?」
「そうなのかもしれません。小さな頃から一緒で……昔はあの子の背中に乗ってお散歩をしましたの」
 それは嘘ではない。
「それが懐かしくて、また一緒にお散歩に行きたいと思いましたの」
 キラは自分よりも軽いからあるいは……と思って無理矢理乗せたのがいけなかったのだろうか。
「そうしたら、動きがおかしくなってしまって……」
 あの後、キラが本気で意気消沈をしてしまったから、気にしなくていいと言ったのだ。それでも、それを素直に受け入れてくれる彼女ではない。
「あまりに古いものですから、既に修理をして頂けないとかで……直して上げられませんの」
 だが、カナードであれば何とかなるかもしれない。だから、今度、時間が空いたら連れてきて……と彼女は言っていたのだ。ハード関係は自分には鬼門だから……と視線を落とした理由も、ラクスは知っている。もっとも、自分よりは才能はあると思う。ただ、キラの場合、誰かが『苦手だろう』と刷り込んでしまったのではないか。そして、それを今でも信じているだけだろうとそう思う。
「ちょっと見せて頂けますか?」
 あるいは直せるかもしれません……と付け加えながら、アスランは立ち上がった。そして、オカピへと歩み寄っていく。
 手慣れた様子で中を確認している彼を見て、ラクスは目をすがめる。
「そう……貴方ですの、アスラン・ザラ」
 彼の耳には届かないように、口の中だけでこう呟く。
 カナードやレイではないが、やはり自分も貴方が嫌いだ、とも付け加える。それでも、義務である以上、結婚をし、次世代を残そう。
 もっとも、それはキラを傷つけないという前提で、だ。
 もし、彼が以前と同じようなことをするのであればただではすませない。そう、決意をしていた。