キラを迎えに行ったときだ。自分を手招いているラクスの存在にレイは気付く。
「シン。ラクス様に呼ばれているから、先にキラさんの所に行っていてくれ」
 おそらく、ギルバートへの伝言があるのだろう。そう付け加えれば、シンはすぐに頷いてみせる。今までもそのようなことがあったから、彼としても当然のことだろうと考えているのだろう。
「キラ!」
 そのまま何のためらいもなく、キラの側へと駆け寄っていく。
 最後までその様子を見守ることなく、レイはラクスの方へと歩み寄っていった。
「何でしょうか、ラクス様」
 そして、キラには聞こえないであろう距離まで近づいたところで問いかける。もっとも、シンの声が周囲に響き渡っているから普通に話していてもキラに聞こえるはずがないだろう。それでも、念には念を入れておいた方がいいと思ったのだ。
「私の婚約が、近いうちに正式に決まるでしょう」
 そうすれば、ラクスはこんな言葉を綴る。
 だが、それはおかしいことではない。
 シーゲルが最高評議会議長の座に着き、ラクス自身も《歌姫》として特出した才能を見せている。そんな彼女の遺伝子を次の世代にも伝えたい、と考えるものがいたとしても当然だろう。
 そして、プラントでは自由恋愛が認められていないとは言わないが、次世代を生み出せる可能性は限りなく低いのだ。
 だから、婚姻統制という制度があるのだが。
「それはおめでとうございます。
 しかし、何故、今その話題を、自分にだけ告げるのだろうか。レイはそう思う。
「それが私の義務ですから」
 しかし、ラクスは笑みを浮かべることなくこう告げる。
「何よりも、その相手の方が問題ですから」
 できれば断りたいが、現状では不可能だろう……とそうも付け加えた。
「ラクス様?」
 彼女がここまで嫌悪をあらわにするのは初めてかもしれない。それでも『義務だ』と言い切ったのは、彼女は自分の立場を正確に認識しているからだろう。
「その方の名前は、アスラン、と言います。アスラン・ザラ」
 そんなレイの前で、ラクスははき出すようにこう告げた。
「……アスラン・ザラ……」
 まさか、こんなに近い場所にあの男の影が現れるとは思わなかった。それがレイの本音だ。
「私と対の遺伝子を持っておいでだ……と言うことですわ」
 そうである以上、逃れることはできないだろう……とラクスは告げる。
「ですから、デュランダル様やクルーゼ様と相談をして、早急に対処を取って頂いてください。私とキラの関係は、既に周知の事実になっておりますから」
 ラクス・クラインの無二の友人。
 それが、ザフトの名将ラウ・ル・クルーゼの義理の妹であり、ギルバート・デュランダルの養い子である少女だ。
 ある一定以上の立場の存在であれば、それを知らない者はいない。
「私の婚約披露の席に、キラの姿がなければ、誰もが不審に思うでしょう」
 もっとも、のっぴきならない事情があれば話は別だが……と彼女は続ける。
「わかりました」
 確かに、これは大至急、対策を取らなければいけないだろう。それも、ラクスとアスランが顔を合わせる前に、だ。
 むしろ、正式に婚約して貰った方が対処は楽かもしれない。ラクスという存在があるのに、キラに手を出そうとまではしないのではないか。そう考えて、すぐにレイは否定をする。
「アスラン・ザラのキラさんに対する執着は……何あっても消せないものでした」
 ならば、彼につけいる隙を与えなければいいのだ。
「どなたか、あちら側の方で信頼できそうな方はおられませんか? カナード様でしたらご存じかと思いますが」
 そのような方がいるのであれば、こちらに抱き込んでしまえばいいのではないか。ラクスはそういいたいのだろう。
「聞いておきます」
 確かに、ラクスの判断は正しい。
 あちらからの情報を得られれば、キラとアスランが直接顔を合わせるような事態を避けられるかもしれないだろう。レイもそう思うのだ。
「お願い致します。あのころのことを聞きたいとは申しませんが、ある程度の情報を教えて頂ければありがたい、ともカナード様にお伝えくださいませ」
 ラクスの言葉にレイは頷く。
「では、そろそろキラの所に行きましょうか」
 不安そうにこちらを見ていらっしゃいますわ、とラクスは微笑む。
「いいわけを考えていませんでしたね」
「それに関してはお任せください」
 レイはピアノが得意だ、と聞いていたから……とラクスに言われて、レイは微かに目を丸くする。
「キラさんから、ですか?」
「えぇ。ですから、それをいいわけに使わせて頂きますわね」
 それはそれで恐いような気がする、とレイは心の中で呟く。だが、確かにそれであれば話は早いことは事実だ。
「お願い致します」
 彼女に任せるしかないか。そう判断をして、レイはこう告げる。
「任されましたわ」
 即座にラクスはこう言い返してくれた。
「では、参りましょう」
 こう告げると、ラクスが歩き出す。それに遅れまいと、レイもまたキラの方へと歩み寄っていく。
「何かあったの?」
 側まで行ったところで、キラがこう問いかけてきた。
「レイにお願いがありましたの。お借りして申し訳ありませんでしたわ、キラ」
 いつもの笑顔でラクスはこう告げる。
「レイに? 何かあったの?」
 その瞬間、キラは不安そうな表情を浮かべた。
「あぁ、難しいお話ではありませんわ。以前、キラのために歌うと約束しましたでしょう? その伴奏をレイにお願いしたい、と言うことですわ」
 ですから、キラが心配するようなことではない。ラクスはそういいきる。
「そうなの?」
 確認するように彼女の視線がレイに向けられた。それに、レイは頷いてみせる。
「ラクス様の伴奏というのは、非公式の席でも緊張をしますが……キラさんのためならば頑張ります」
 こう言って微笑めば、キラはようやく安堵の表情を浮かべた。
「いいよな、レイは」
 しかし、今度はシンがふてくされたような表情を作る。
「俺も何か特技を作っておくんだった……」
 そうしたら、キラにアピールできたのに。そう告げる彼に、誰もが笑いを漏らした。