泣き止んだシンが、キラとともに花の種をまき終えたときにはもう、月が天頂近くにまでなっていた。
「……疲れているところを悪いが、行くぞ」
 そろそろ迎えが来る……とカナードが口にする。
「来る?」
 誰が……とシンは聞き返した。こんな所に誰も来るはずがない、とそう思ったのだ。
「……まさか、ブルーコスモス?」
 連中が生き残った人々を殺しに来るのだろうか。シンはそう思って表情を強ばらせる。
「いや、違う。迎えだよ」
 知り合いが助けに来てくれることになっているのだ、とカナードはシンの疑問に対して答えをくれた。
「流石に、ここで生きていくことは不可能だ。お前が言ったとおり、いつ、ブルーコスモスが襲ってくるかわからないからな」
 だから、シンと会う前に何とか知り合いに連絡を取ったのだ、と彼は付け加える。
「……ラウ兄さんが来る時間?」
 そして、キラもカナードに確認するようにこう口にした。
「そうだ。立場上、おおっぴらに向かえには来られないからな、兄さんは」
 ブルーコスモスに見つかったら、それこそ厄介だ……と彼は微笑み返す。
「何者なんだよ、そいつ」
 胡散臭い奴じゃないのか? とシンは問いかけた。そんな連中と一緒に行って言いものかどうかわからない、とも思うのだ。
「……赤道同盟の軍人だ」
 しかし、カナードの言葉はまったく予想外のものだったと言っていい。
「赤道同盟って……プラントの人間?」
 だとするなら、コーディネイターか……とシンは納得をする。同時に、表だって迎えに来られないはずだ、とも。
「でも……オーブにばれるんじゃないのか?」
 ここは本島に近い。いくらなんでも……とシンは心の中で呟く。
「だから、夜なんだろうな」
 まぁ、本職に任せておけばいい。お前もキラも、まだ小さいんだから……とカナードは笑う。
「成人間近ならともかく、な。お前達は、まだ守られていていい存在だ」
 キラは自分が守る。シンも、それなりにフォローしてやるが、男ならば自分でできることは自分でしろ……と彼は付け加えた。
「頑張る」
 確かに、カナードには自分を守る義務はないのだし……とシンは心の中で呟く。だから、それもしかたがないだろう、とも。
「大丈夫だよ。カナード兄さんは、本当はやさしいから」
 しかし、キラが即座にこう口を挟んでくる。そして、そのままカナードに同意を期待するような眼差しを向けた。
「……キラ……」
 だから、それじゃしつけにならないだろう……と彼はため息をつく。
「しつけ?」
「そうだ。俺たちと一緒に来るのはかまわない。俺としても、子供を見捨てる来はないからな」
 だが、と彼は続ける。
「俺たちにとって、最優先すべきなのは《キラ》だ。俺にとって、ただ一人の妹だし、な」
 それでなくても、女性を守るのは男として当然の義務だろう? とカナードは笑った。
「当たり前だろう」
 即座に、シンは言い返す。
「俺だって、男だ!」
 キラが女の子なら、守るのが当然だ! と言いきる彼に、カナードは満足そうな視線を向ける。
「と言うことで、移動をするぞ」
 いつ、迎えが到着をするかわからないからな……とその表情のまま、彼は立ち上がった。その時さりげなくキラに手を貸すあたり、流石だとしか言いようがないのではないだろうか。
 そういうところは、自分もマネをしないと……とそう思いながらもシンも立ち上がった。  しかし、歩き出そうとしたところで、足が止まってしまう。そのまま、シンは家族が眠っている場所へと視線を向けた。
「大丈夫だよ、シン君」
 体はともかく、心はシンと一緒に来てくれるよ……とキラが微笑みとともに言葉を口にする。
「カナードお兄ちゃんがそういってくれたもん……パパとママも、一緒に来てくれるんだよね」
 この言葉に、シンは今更ながらにキラ達もまた家族を失ったのだ、と気付く。でなければ、この場にいるはずがないのだ。
「そうだ。父さんも母さんも、一緒に来てくれる」
 それに、ラウ兄さんの所であれば絶対安心していてくれているよ……と彼はキラに向かって優しい微笑みを向けた。
「お前の家族は、少し不安かもしれないがな。だが、俺のできることならば何でもしてやる。それで我慢してもらうしかないだろうな」
 シンの家族には……とカナードは本音を口にしてくれる。
「いいよ、それで」
 それだけで十分だ。シンはそう思う。
「まぁ、衣食住だけは保証してやれるだろうな……お前一人なら、増えても大丈夫だろう」
 キラが気に入っていると言えば、それで終わりだ……と言われては苦笑を浮かべるしかない。ここまで徹底されればむしろすっきりするような気もする、とそうも思う。
「他に生き残っているものがいれば、その時はその時だな。見知らぬものまで、責任は負えない。俺の手は、キラと、せいぜいお前だけでいっぱいだ」
 だから、それ以上は自力で何とかしてもらうか、それなりの施設に入って貰うことになるだろう。その言葉に、キラが少しだけ悲しげな表情を作る。それでも何も言わないのは、彼女もしかたがないとわかっているからだろう。
「もっとも……どれだけの人間が生き残っているのか。あいつらは、かなり周到に準備をしていてくれたからな」
 ともかく、急ぐぞ……とカナードはキラの手を握りしめると、シンを促す。
「シン君」
 そして、キラもまた自分の手を差し出してくる。シンは、その手をしっかりと握りしめた。