一人で寝る夜は嫌いだ。
 小さなため息とともにそう呟く。
「でも、しかたがないんだよね」
 自分だけではなく、シンやレイもまた大きくなったのだ。そんな年頃の男女が、同じベッドで寝るわけにはいかない。その程度の常識はキラにもある。
 だから、13歳の誕生日を機に、一人で寝ると宣言をしたのだ。もちろん、周囲の人間からは反対をされた。それでも我を通してしまった以上、今更誰かの所へ行くわけにもいかないだろう。
 第一、こんな時間であればみんな眠っているに決まっている。
「だから、我慢しないと」
 いつまでも彼等を自分につなぎ止めておくわけにはいかない。キラは小さな声でこう呟く。でなければ、きっと自分が彼等の足を引っ張ってしまうだろうから、と。
「大好きだからこそ、我慢しないといけないことがあるんだよね」
 いつかは離れていくことを。
 だから、一人でも大丈夫にならなければいけないのに……と呟きながら、キラはぎゅっと枕を抱きしめる。
「どうして、こんなに、一人でいるのが、恐いのかな……」
 正確に言えば、一人でいるわけではない。
 同じ家の中にみんながいてくれることはわかっていた。
 それなのに、どうしても一人で部屋にいることが恐いのだ。
 昼間はまだましなのは、きっと、ドア越しに誰かの気配を感じることができるからだろう。
 しかし、夜はみんな眠ってしまう。ドアと壁に阻まれて寝息すらキラの耳には届かないのだ。
「お兄ちゃんも、シンも、レイも……いてくれるのに……」
 どうして……と呟いたときだ。
 誰かがドアをノックしてくる音が耳に届いた。
「……誰?」
 こんな時間に……とは思うが、非常事態だったら困るかも。しかし、それはそれであまり嬉しくない状況だよね。そんなことを考えながら、キラはそうっとドアの方へと歩み寄った。
「誰?」
 そのままそうっとドアを開ける。
「俺」
 そうすれば、ルビーのように綺麗な赤い瞳が確認できた。
「シン?」
 どうしたの? とキラは首をかしげてみせる。
「……恐い夢見たから……一緒に、寝ていいか?」
 キラとなら、多分大丈夫だから……と口にしながら、シンが真っ直ぐに見つめてきた。
「シン」
 それならば、レイでもいいのではないかと思う。それなのに、どうして自分の所にきたのだろうか。
「……キラと一緒がいいんだ。ダメか?」
 キラがそんなことを考えていれば、シンはさらに言葉を重ねてくる。
「ダメって……」
 むしろ、嬉しい……とは言えない。それを知られてしまえば、何のために自分が我慢しようとしたのかわからない状況になるような気がする。
 でも、シンがそうしたいというのであれば、そうした方がいいのだろうか。
「ダメじゃないけど」
 でも、とキラは小首をかしげる。
「じゃ、いいよな」
 シンはにっこりと笑いながらこう言ってきた。それに、キラもついつい頷いてしまう。
「じゃ、一緒に寝よう」
 そうすれば、きっと、変な夢を見ないですむから……と言いながら、シンがキラの部屋の中に入ってくる。
「……明日、お兄ちゃん達に怒られても知らないから」
 キラはこう言ってシンの顔をにらみつけた。それは、間違いなく自分の気持ちを隠すためだ、とわかっている。
「怒られないよ、きっと」
 だから、お願い……とシンが笑う。それにキラも、ようやく微笑んでみせた。

「怒るわけないだろうが」
 ドアが閉まったことを確認して、カナードはこう呟く。
「確かに。キラの寝不足には気付いていたが……まさか、私たちが行動に移すわけにはいかなかったからね」
 そんなことをすれば、キラは余計に意識をしてしまう。それは、自分たちが彼女にとっての《家族》だからだろう。
「その理屈で行けば、私がやればよかったのかな?」
 ふっと思いついたというように、ギルバートが呟く。
「却下だ」
「そうですね。貴方の場合、他に共寝をしてくれる方はたくさんいらっしゃいますでしょう?」
 そちらを優先しろ、とカナードは言外に付け加えた。
「おやおや。私は犯罪者か何かかな?」
 どこか楽しげにギルバートが問いかけてくる。
「犯罪者だとは言わないが……キラに添い寝をしていることが知られれば、そういわれかねないだろうね」
 でなければ、ロリコンと言われるだろう……とラウが笑う。
「ふむ……それは避けたいね」
 では、やはり彼に任せよう……とギルバートは頷く。
「いっそ、婚約させてしまえばいいのだろうがね」
 あの二人を、とそうも付け加えた。
「ギル?」
「牽制になるだろう、少なくとも」
 誰のとは言わない。だが、それだけで想像がついてしまう。
「……プラントに帰ってくるのか、あれが」
 厄介だな、と呟くカナードをたしなめるものは、誰もいなかった。