キラが少しずつ心の傷をいやしている間にも、世界はゆっくりと戦争への道を歩いているのかもしれない。
「……月から、コーディネイターを排除し始めたそうだよ、地球軍は」
 久々に顔を見せたラウが呟くようにこう告げた。
「我々にも、彼等の護衛の任務が与えられた」
 表向きは、新型兵器のテストだそうだが……と笑う彼の瞳には皮肉げな光が見え隠れしている。
「さて、どこまで使い物になるか」
 ならないだろうな、と付け加えられたような気がするのはカナードだけではあるまい。
「設計図を見る限り、かなり使えるものになっていると思うが?」
 カナードはさりげなくこう告げる。
「確かに。このスペックを生かし切れればね。残念だが、頭の中身は新生児なみだ」
 はいはいもできないような代物だからね……と言う表現に、思わず苦笑を浮かべてしまった。
「それは的確な表現だね」
 ギルバートが微かな笑いを滲ませながらこう告げる。しかし、それは一瞬のことだった。
「だが、それではこれを扱うものの命が危険にさらされるね。ただでさえ……同胞の数は多いとは言えないのに」
 万が一のことを考えれば、せめて基本のOSぐらいはきちんとしたものを作り上げてからテストという名の実戦に出して欲しいものだ。さらに言葉を重ねるカナードの意見に、カナードも同意だ。
 同時に、まるで何かを焦っているかのようだ……とも感じてしまう。
 他のものであれば気にならないが、それに巻き込まれているのがラウだ、というのもその理由の一つかもしれない。
「……ラウ……」
 自分たちの中で、確実にキラを守れるとするならば、現状では彼だけだ。だから、この際、禁じ手だろうと何だろうと使ってしまえ、とカナードは心の中で呟きながら呼びかける。
「何だね?」
「……本来、これように作られたものではないのだが……使ってみて欲しいプログラムがあるんだ」
 できれば内密で……と告げれば、ラウの表情からあのどこか皮肉げに世界を見ているような色が消えた。
「使えるのか?」
「……おそらく。少なくとも、走るぐらいはできるだろう、と思う。この設計図が正しいのであれば」
 ただし、戦闘用に作られたものではない。いや、それ以前の問題かもしれないが、少なくとも、歩かせることは可能だろう。もっとも、最初から制御システムが違うから、そこはラウに修正してもらわなければいけないだろうが、とカナードは付け加える。
「何のためのプログラムなんだい?」
 興味を覚えたのだろうか。ギルバートが口を挟んできた。
「先日、カレッジで試作された、外骨格型強化スーツのOSですよ。基本的な構造は同じようですから」
 あるいは、それもこれのためのデーター集めのために作られたものだったのだろうか。そんな疑問が改めてわき上がってくる。
「なるほど。そういえば、君が参加していたね、あちらには」
 以前報告した内容を思い出していたのだろう。ラウが頷いてみせる。
「と言うことは、君が構築をしたシステムなのかな?」
 それならば、かなり信頼性があるね……と言ってくれる彼の言葉は嬉しい。しかし、とカナードは心の中でため息をついた。
「……いえ……キラが作ったものです。俺が手直しをしましたが……」
 自分では、どうしても彼女が作った物以上のものを作り出すことができなかったのだ……と正直に告げる。他の誰かであれば、その事実に怒りすら感じてしまうかもしれない。だが、キラでは嫉妬の感情すらわいてこないのだ。
 それでも、あの子の作った物を戦いに流用したくないという気持ちもある。
 だからといって、これ以上キラの側から大切な存在を奪うようなことはせたくない、と言うことも事実。
「そうか」
 その気持ちが伝わったのだろう。ラウもまたどこか苦しげな表情を作る。
「では、それをみせて貰おうか」
 だが、すぐに彼なりに割り切ったようだ。毅然とした表情を向けてくると、こう命じてきた。
「今、持ってくる」
 それを収めたディスクは自分の部屋にあるから……とカナードは腰を浮かせる。
「カナード」
 しかし、そんな彼を引き留めようとするかのようにラウが呼びかけてきた。
「何ですか?」
 やはりいらなかったのだろうか。そう考えながら視線を向ける。
「そのプログラムの内容は、全て把握してあるのだね?」
 誰に聞かれても説明できるな? と彼は問いかけてきた。
「一応は。それが何か?」
「……あの子を表に出すわけにはいかないからね。もし、それが使えるようならば、君が作った物だ、と言い切った方がいいだろう。そう思ったのだよ」
 でなければ、キラの周囲がうるさいことになるだろう。最悪、本人の意志を無視してザフトに入隊させられる可能性もある。その言葉に、カナードは思いきり顔をしかめた。
「キラには、戦争も戦闘も関わり合いにはならせたくないのですけどね」
 現実的に可能なのかどうかはわからない。それでも、少しでも遠ざけてやりたいのだ。
「わかっているよ。それまでに、私ももう少し足場を固めておくつもりだ」
 そのためには、キラが作ったシステムが必要だという、矛盾があるのだがね……とラウは笑う。
「でも、あなたが死ぬよりはいいと、キラは言いますよ」
 たとえ、本人にばれたとしても……とカナードは笑い返す。
「確かに。キラ君にとって見れば、君達が『生きて自分の側にいてくれること』以上に大切な事はないだろうからね」
 もちろん、自分にとってもそうだが……とギルバートも頷いてみせる。それを確認してから、カナードは行動を再開した。

 それからすぐ、ザフトの無重力下用機動戦闘機が民間人を乗せたシャトルを守るために月面で地球軍と交戦をすることとなった。