「ラクス、いらっしゃい!」
 エレカから降りると同時に、キラがこう言いながら駆け寄ってくる。その顔には満面の笑みが刻まれていた。
 この表情を見られるようになるまで、どれだけの時間がかかったことか。
「お招きしてくれて、ありがとうございます、キラ」
 そんなことを考えながらも、ラクスは同じように微笑みを彼女に返す。もちろん、それは無理矢理作った物ではない。キラの姿を見て、自然に浮かんできたものだ。
 自分がこのような表情を向けることができる相手が、できるとは思わなかった。それがラクスの本音だ。
「ううん。来てくれてありがとう」
 ラクスが来てくれて嬉しい、とキラは口にする。来てくれたと言うことが嬉しいのだ、とも。
「ギルさんも、ありがとうございます」
 さらに彼女はエレカから降り立った彼にこう告げる。
「何。ラクス様のお迎えは当然のことだよ。それよりも、お礼ならいつものにしてくれるかな?」
 身をかがめてこういう彼の頬に、キラは当然のようにキスを贈った。
「では、仲良くね。私は書斎の方にいる。ラクス様がお帰りになる時間になったら教えてくれるかな?」
 お送りするから、と彼はキラの頬に自分もキスをしながら口にする。
「はい」
 キラが頷くのを確認して、ギルバートはそっと彼女から身を離した。そして、キラの柔らかな髪を撫でると一足先に屋敷の中に入っていく。
「ラクス、こっち」
 自分の部屋よりもテラスの方が気持ちいいから、そちらにお茶の用意をしてあるのだ、と口にしながらキラがラクスの手を取る。
「まぁ。私は、キラのお部屋を見られるのが楽しみでしたのに」
「それは後で。お兄ちゃんがおいしいパイを焼いてくれたの」
 庭師が世話をしている花がとても綺麗だし、とキラは笑う。その笑顔以上に綺麗なものはないような気がするのは自分だけだろうか。ラクスはそんなことを考えてしまった。
「それは楽しみですわね」
 この笑顔を取りあえず独り占めできているのであれば、彼女の希望に従っていてもいいのではないか。そう思って頷いてみせる。
「本当はね。お部屋にお花を貰って飾ろうと思ったの。でも、お庭に咲いている方が綺麗だったから」
 だから、ラクスにもそちらの方を見て貰いたかったの……というキラの言葉がとても可愛らしい。自分であれば、それならば……と思っているところだ。
「まぁ、ありがとうございます」
 この可愛らしいキラを独り占めしたい、と考え、実行しようとした人間の気持ちもわからなくはない。彼女の後をついていきながらそんなことを考えてしまう。しかし、それではこの輝きがいずれ消えてしまうかもしれない。どうして、そう考えられないのか……とまだ見ぬ相手に向かって怒鳴りつけたくなる。
 もっとも、自分が側にいる以上、そんなことはもう二度とさせない。
 キラの周囲にいる者達も、きっと、同じ思いを抱いているのだろう。そして、自分をその一員として認めてくれたからこそ、こうして、自宅に招いてくれたのではないか。
 そんなことを考えていたときだ。
「ラクス、あそこ!」
 キラの柔らかな声がラクスを現実に引き戻す。
「まぁ、素敵ですわ」
 芝生の上に白いガーデンセットがおいてある。その上にお茶の用意がしてあるのが見えた。
 そして、その周囲は確かにキラの言うとおりに美しい花々が咲き乱れている。
「確かに、これなら切ってしまうのはもったいないですわね」
 自然の中で見るのが一番美しい……とラクスも付け加えた。
「でしょう?」
 自分の意見と同じ言葉を言ってもらえたからだろうか。キラが嬉しそうにこう言ってみせる。
「だから、絶対ラクスに見てもらいたかったの」
 座るともっと綺麗だよ、とキラは付け加えた。
「そうなのですか」
「うん。レイとシンに頼んで、一番綺麗に見える場所を一緒に探して貰ったんだよ」
 だから、一緒にお茶をしてもいいよね? とキラが問いかけてくる。
「もちろんですわ、キラ。お茶はみんなでした方が楽しいですもの」
 それも、親しいと思える相手であれば……と頷いてみせれば、キラはさらに嬉しそうな表情をと作った。
「ありがとう、ラクス。大好き」
 何のためらいもなくキラの口から飛び出した言葉にラクスは胸の中に何か暖かいものが生まれたのを感じる。それは、幼い頃になくなった母がラクスにくれたものと同じように思えた。
「私も、大好きですわ、キラ」
 ラクスも即座にこう言い返す。
「ですから、ずっと友達でいてくださいね」
 さらに言葉を重ねれば、キラはきょとんとした表情を作った。
「僕はそのつもりだったけど……ラクスは違ったの?」
 そして、こう問いかけてくる。
「いいえ。私もそのつもりですわ」
 でも、約束をして頂ければ安心できますから……とラクスは言い返す。
「……そうかな?」
「そうですわ」
 いすに座りながら、ラクスは微笑む。
「……そういうものなの?」
 そうすれば、キラはわからないというように視線を移動させる。そして、その先にいる人物に問いかけた。
「約束したいというのであれば、してやればいい。キラだって、よく俺に『ケガをしないで帰ってきてね』と言うだろう? それと同じようなものではないのか?」
 キラによく似た色の瞳を持った青年がこう問いかけてくる。その紫の瞳の奥に、ラクスを値踏みをするような光が見えた。
 それは、間違いなくキラを守ろうとしてのことだろう。
 アスラン・ザラのような存在に自分がならないか、と不安に感じているのかもしれない。
「カナードお兄ちゃん。ラクスをにらまないで」
「そんなつもりはないぞ」
 キラが頬ををふくらませながらこういう。そうすれば、カナードの周囲にあった剣呑な空気は即座に霧散した。
「本当?」
「本当だって」
 それよりも、お茶とケーキだぞ……と口にしながら、彼はお盆の上に載せられていたものをテーブルの上に置く。その仕草は洗練されたものだ。
「二人は、今、果物を持ってくるところだ。それまで、待てるな?」
「もちろん」
 ラクスもいい? と問いかけてくるキラに、しっかりと頷いてみせた。