ラクスが来るのは、次の休みの日……と決まった。どうやら、彼女の方も既に動き出していたらしい。それについて、気が早いと思わずにはいられなかった。それでも、キラが楽しそうにしているからいいか、とカナードは思う。 だから、当日まであれこれと注文を付けてくるキラの言葉に、素直に頷いてやった。そして、今日は今日で、朝からおやつ作りに精を出していた。 考えてみれば、キラがあの男以外の友人を自宅に招くのは初めてだと言っていい。 そう考えた瞬間、無意識に手にしていたリンゴを握りつぶしてしまった。 「……あのね」 何というタイミングなのか。その時、カナードの耳にキラの声が届く。 「ど、うかしたのか、キラ」 何とか動揺を押し殺しながらカナードは微笑みを口元に浮かべる。 「きょうの分のおやつなら、ちゃんと四人分用意している」 そして、こうも付け加えた。しかし、違うというようにキラは首を横に振ってみせる。 「あのね。お部屋にお花を飾りたいの。お庭から貰って来ちゃ、ダメかな?」 きちんと、管理している人に断るから……とキラは問いかけてきた。 「許可を貰えばいいと思うぞ」 本当は『買いに行かせればいい』と言いかけたのだが、それはやめておく。おそらく、キラは《自分》で《選んだ》花でラクスを出迎えたいのだろう。だからといって、彼女に与えられている小遣いでは十分な数を変えない。それならば……と思ったのではないか。 自分やギルバートにねだれば、そのくらいのお金は出してもらえる。それもわかっているはずなのだ、キラは。だが、それではいけないと考えているのだろう。 ラクスは自分の友達だから、自分のできる範囲でおもてなしをする。 それが、キラの譲れない一線なのだろう。そう判断をして、カナードは微笑む。 「聞いてくればいい」 ギルバートには自分から言っておいてやるから……と付け加えれば、キラは納得したらしい。 「聞いてくるね」 こう言い残すとキラは身を翻す。そして、そのまま駆け出していった。 その後を、当然のようにシンが追いかけていく。 「……レイ」 二人の姿から視線をそらさずにカナードはもう一人の名前を口にする。どうして彼がついていかないのか、とそう思ったのだ。 「大丈夫です。庭師もキラさんをかわいがっていますから」 彼女のためであれば、とっておきの花だろうと、惜しげもなく切ってくれるだろう。そういいながらレイはカーテンの影から姿を現す。 「それに、ラクス・クラインは、この家の者達にも人気ですよ」 どちらかでも多大な影響力を持っているのに、二人が合わさっているのであれば、ギルバートでもかなわないはずだ。そういってレイは綺麗な微笑みを浮かべる。それこそ、女の子を虜にできるそれだろう。 「なら、あちらはシン一人で大丈夫か」 少なくとも、この屋敷の敷地内であれば……そうは思うのだが、今ひとつ安心できないのは、キラの寝室に押し入ったものがいるという事実があるからだろう。 「万が一と言うこともあるしな。取りあえず、お前も行ってくれ」 何かあったとき、キラの側にいる人間と呼びに来る人間が必要ではないか、と付け加えれば、レイも納得したようだ。 「わかりました」 反論を口にすることなく、彼は即座に行動を開始してくれた。 そのころ、ギルバートは目の前にいる相手の言葉に怒りを押し殺すのが難しくなってきていた。 「……アスハに関係しているというのであれば、オーブに戻して、あの子に《アスハ》の名を継がせればいい」 そうして、その周囲をプラント関係者で固めれば、こちらにとってはよい足がかりになるのではないか。そういいたいのだろう。 「残念ですが、あの子はアスハの血は一滴も受け継いでおりませんよ?」 アスハの関係者ではあっても、とギルバートは言い返す。そんな存在をオーブの国民が認めるはずがない。 ウズミ・ナラ・アスハが自分の意志で彼女を養女に迎えるならば話は別だろう。しかし、その存在もどこにいるのかわからないのだ。 だからこそ、彼等は焦っているのだ……と言うことも理解できる。 それでも、だ。 これ以上、キラを傷つけることを認めるわけにはいかない。 それだけは何があっても譲れない一線だ。そう思って、ギルバートは相手をにらみつけた。 「それに、あの子供は細心の注意を払ってカウンセリングを行わなければいけない。そう判断されています」 だからこそ、自分がラウに頼まれて預かっているのだ、と言外に彼の存在をほのめかす。目の前の相手も《ラウ・ル・クルーゼ》の存在は無視できないはずなのだ。 「たとえ、それがどのような結果を招いても、かね?」 「幼い同胞を道具扱いするよりはマシだ、と思っております」 守るべき存在だろうとそう付け加えれば、相手は返す言葉を失ったらしい。気やしげに唇をかみしめている。 「では、失礼をいたします。本日はラクス様があの子を訪ねておいでになる予定で、お出迎えをしなければいけませんから」 キラを守るために使えるものは何でも使ってやろう。そう考えて、彼女の名も出した。 「……ラクス様?」 「はい。キラはとても仲良くさせて頂いているようですよ」 キラを気に入ってくださったようで……とにっこちと微笑みを向ける。その裏に隠されている意味に気付かない相手ではないだろう。 「そ、うか……」 まだまだ成人に満たない少女ではありながら、決して無視をしてはいけない存在。それが《ラクス・クライン》だと言うことは、既に評議会の中では定説になりつつある。 そんな自分の存在を、キラのためにであれば使っていい。本人からそういわれていたが、実際にどうこうしようとは考えてもいなかった。だが、目の前に置かれた状況になりふりを構っていられないと言うことも事実。 そして、相手に告げておけば、きっと他の者達にも伝わるだろう。そう思っていたことも否定はしない。 「ご用がお済みでしたら、これで下がらせて頂きますが?」 ラクスが待っているだろうから……とギルバートはわざとらしいまでに続ける。 「……わかった……」 許可しよう、と相手はそれでも恩着せがましい口調で告げた。だが、今はそれでもかまわないだろう。 「では、失礼をさせて頂きます」 わざとらしいまでに丁寧な礼をすると、執務室を出て行く。 「下司が!」 ドアが閉まると同時に、ギルバートはこう吐き捨てる。 「やはり……あの子達を守るためには力が必要か」 それも、もっと強い力が、だ。 そのためには何をすべきかもわかってはいる。しかし、問題は時間だろう。 「……ともかく、屋敷のセキュリティのレベルと、登下校中の安全の確保を何とかしなければ、な」 それさえしっかりしていれば、当面は何とかなるのではないか。いや、何とかしなければいけない。そう考えながら、ギルバートはゆっくりと歩き出した。 |