豪華版のプリンを手渡しながら「ラクスと会ってみたい」とカナードが告げれば、キラは小さく頷いてくれた。
「ラクスもね。家に来てみたいって……でも、ギルさんの許可貰わなくていいのかな?」
 しかし、すぐに首をかしげながらこう告げる。
「大丈夫ですよ、キラさん。ラクス様が相手なら、ギルも文句は言いません」
 即座にレイが口を挟んできた。
「そもそも、キラにあの人を紹介したのはギルバートさんじゃん。ダメって言わないよ、絶対」
 だから、大丈夫だって……とシンも笑う。
「……でも、一応、ここはギルさんのお家だし……」
 彼の許可を取らないと、とキラは口にする。
「わかった。後で聞いておいてやる」
 それよりも、まずはそれを食べてしまえ……とカナードはキラへ視線を向けた。でないと、せっかくの力作がうまくなくなるだろう、と。
「そうだな。これ、凄いもん」
 シンがそういいながら、キラに笑いかける。
「いいよな。キラって、ずっと、カナードさんの手作りのおやつ食べられたんだよな?」
 こんなおいしいのなら、俺も毎日食べたい……と口にする彼に、キラもようやくおやつの存在を思い出したらしい。自分の言葉だけではなかった、というのは微妙に気に入らないが、それでもいいか……と思える程度だ。
「心配するな。しばらくは暇だ。その間ぐらいは作ってやる」
 だから、彼にしては珍しくこんなセリフを口にしてみる。
「マジ? やった!」
 だが、シンは予想以上に嬉しそうな声を上げた。
「……シンだけ?」
 そうすれば、キラがこう問いかけてくる。
「レイのも?」
 どうやら、カナードが自分の分を作らないとは微塵も考えていないらしい。もっとも、カナード自身もシンの分はキラの分のおまけだと思っているから当然なのかもしれないが。
「当然だ。誰かを仲間はずれにするのは、お前がいやだろう?」
 だから、ここにいる間は三人分、おやつを作ってやるよ……と微笑んでやる。その言葉に、キラはほっとしたような表情を作る。それからようやく、プリンを口に運んだ。

「本当に律儀な子だね。ハルマ殿の教育かな?」
 いいことだが、と話を聞いたギルバートは頷いてみせる。
「そうですね。そういうことに関しては、あの人もきちんとしていましたから」
 同じように、カリダもきちんとキラにしつけていたし……とカナードは言葉を返す。
「立派なご両親だ」
 人として尊敬できる方だったのだね、とギルバートは口にした。それは口先だけではなく彼の本心からの言葉だろうか。まぁ、キラの前では今のような態度でいてくれればいいだけだ、とカナードは心の中で付け加える。
「キラが喜びますよ。そういって頂ければ」
 あの子は両親が大好きだったから……と口にすれば、ギルバートは「そうだったろうね」と微笑む。
「あの子の素直さは、愛されて育ったものだけが持つものだ。そして、それが私たちには心地よく感じられる」
 それは、間違いなくラクスも同じだろう……と彼はさらに付け加えた。
「……と言うことは、キラ達が知っている彼女は、偽りの姿だと?」
 そうであるのであれば、キラの側に彼女を置いておくわけにはいかない。カナードはそう判断をする。
「いや、違うよ。キラ達が知っているラクス様が、本来のラクス様だ。しかし、それではいけないと、あの方ご自身が自覚をしているだけだろうね」
 だから、キラと彼女の回りにいる者達の前でだけは本来の姿をさらしている。そういうことだよ……とギルバートは口にする。
「公私をわけていると?」
「簡潔に言ってしまえばそうだね」
 シーゲル・クラインの令嬢、というだけではない。ラクスはあの年齢で、既に《歌姫》と呼ばれている存在なのだ。そうである以上、誰もが望む理想の姿、と言うものを身に纏わなければならない。
 しかし、それだけでは息が詰まってしまうことは分かり切っている事実だ。
 だから、時にはその仮面を脱ぎ捨て《自分自身》をさらしたくなる。それを受け止めてくれる相手、としてラクスは《キラ》を選んだのかもしれない……と言われてしまえば、納得するしかないだろう。
「……ともかく、俺自身の目で確認してから、どうするか決めますよ」
 しかし、これだけは譲れない一線だ。言外にそう告げれば、ギルバートはすぐに頷き返す。
「当然だね。だが、あの方に会えば、すぐに君の杞憂だ……と気付くと思うよ、私は」
 そう言い返されても、カナードとしては同意をするわけにはいかない。
「それと……例の件だがね」
 ふっと思い出した、と言うようにギルバートは話題を変える。
「……あの侵入者のことか?」
 自分がいない間に、キラを拉致しようとしたものがいた。その話を耳にした瞬間、任されていた仕事を放り出して帰ってこようか……と本気で考えたものだ。それでも、ギルバートがさらにセキュリティを強化すると約束してくれたから、取りあえずは信用して作業を続けていたと言っていい。
「そう。すまなかったね。私関連だったよ」
 あのことがばれたわけではない……と付け加える彼に、取りあえずカナードは胸をなで下ろした。
「あれがばれれば……キラは普通の生活を送らせてはもらえないだろうからな」
「……だろうね。一応、あの時に死んだことになっているはずだが……それでも、まだ諦めきれずにいるものがいる」
 だからこそ《キラ・ヤマト》の周囲に新しい防波堤が必要なのだ。そして、それをラクスは持っていると言っていい。
「……あれに対する牽制にもなってくださるはず、だからね」
 妥協してくれ。そう囁かれてはしかたがない。カナードは渋々ながら頷いてみせた。

 翌朝、久々に――というよりもかなり無理をして――ギルバートは子供達と同じ朝食のテーブルに着いた。
「本当に、ラクスをお招きしてもいいの?」
 その場でラクスのことを切り出せば、キラが本当に嬉しそうな表情で確認を求めてくる。
「もちろんだよ。もっとも、私としてはラクス様がこの家にどのような感想を持たれるかが不安でならないのだけどね」
 キラがいてくれれば、取りあえず不合格とだけは言われないだろうが……とギルバートは付け加えた。
「そんなこと、ないと思います」
 キラは即座にこう言い返す。
「ラクスのお家は、凄いけど……僕は、ギルさんのお家の方が好きだし……」
 だから、ラクスにも頑張ってそう思ってもらう……とキラは一生懸命だとわかる表情で告げる。
「では、それはキラに頼もう」
 詳しい日程がわかったら教えてくれ……とギルバートは微笑む。キラはしっかりと頷いてみせた。