それからしばらくして、キラとシンも学校に通うようになった。そこは、レイだけではなくラクスも在籍している幼年学校だった。だから、キラも取りあえず大丈夫だろうと年長組が判断したのである。
 それでも、心配だったというのは否定しない。
「……ラクス、と同じクラスだったの」
 だから、多分大丈夫……とキラは帰ってきたときに真っ先に口にした。
「そうか。よかったな」
 カナードがその報告に微かに微笑む。そして手を伸ばすとキラの髪の毛をそうっと撫でてやった。
 ラクスとキラが同じクラスになることは、実は最初からわかっていたのだ。ギルバートとラウだけではなく、シーゲルも学校側に働きかけてくれた。だから、本来は通るはずのない希望があっさりと認められたのかもしれない。
「それよりも、着替えてこい。おやつが用意できているからな」
 そんなことはおくびにも出さずカナードはこう口にする。
「本当?」
 キラがぱっと表情を輝かせた。
 いや、彼女だけではなく当然のように一緒に帰ってきたレイとシンも同じように嬉しそうな表情を作る。どうやら、彼等にとっても《おやつ》は魅力的であるらしい。もっとも、この年齢であれば当然のことなのだろう。
「本当だ」
 こういう事で、自分がキラに嘘を言ったことはないだろう? と微笑んでやれば、キラは小さく頷いてみせる。
「お兄ちゃんの手作り?」
 実はこちらの方を聞きたかったのではないのか。そんなことを感じさせる表情でキラはさらに言葉を重ねてきた。
「久々にプリンを作っておいた。だから、着替えて手を洗ってこい」
 そうしたら、苺とサクランボも付けてやろう……と付け加えれば、本当に嬉しそうに笑う。
「すぐに着替えてくるね」
 この言葉とともに、彼女は駆け出していく。
「お前達も着替えて手を洗ってこい。ちゃんと用意してあるから」
 こう付け加えれば、二人ともそれぞれに嬉しそうな表情を作る。それがまた彼等の性格そのままだから、本当に見ていて楽しいと思える。
「その後で、学校の話を聞かせてくれ」
 ラクス・クラインが一緒であれば心配はいらないのではないか。そうは思うのだが、一応確認しておきたい。
 もちろん、学年が違う以上、授業中の様子はわからないだろうという事はわかっていた。それでも、登下校時のキラの様子だけでも十分だ、と思う。
 何よりも、この二人がキラの異常に気付かないはずがないのだ。
「わかりました」
 そんなカナードの意図に気がついたのだろう。レイが頷いてみせる。
「シン」
 そのまま、隣にいる相手に呼びかけた。
「わかっている。俺たちが行くまで、絶対待っているもんな、キラ」
 彼が何を心配しているのかわかったのだろう。シンは苦笑とともにこう告げた。もっとも、それでも口調は――自分もあまり他人のことは言えないと、カナード自身もわかっているが――ぶっきらぼうだが、キラのことを心配しているというのがしっかりと伝わってくる。
 そのまま、ぱたぱたと足音を響かせて駆け出していく小さな背中をカナードは見つめていた。
「予想以上に拾いものだったな、あれは」
 あの時、拾っておいてよかった……とそう呟く。
「あの二人がいれば、キラは取りあえず心配いらないか」
 それに、ラクスもな……と付け加える。
 最初は勝手なことをしてくれた、とそう思ったことも否定はしない。だが、次第に彼女の話を楽しげにするようになったキラの様子を見て考え方が変わった。
 確かに、同性の友達は必要だろう。
 カリダがキラの側にいられなくなった現状であればなおさらだ。
 何よりも……とカナードは小さな声で呟く。
「どんな相手であろうと、あれよりはマシだから、な」
 そう考えれば、キラのことをそれなりに気遣ってくれる相手であれば誰でもいいか、とそう思う。その中で、ほんの一握り、あの子のことを本気で心配してくれる存在がいてくれれば十分だ、とも。
「シンとラクス・クラインがいてくれれば、現状はかまわないか」
 後は、ここにもう一人、キラのことを親身になってくれる女性がいてくれればいいのだろうが、ラウはもちろん、ギルバートも期待できそうにない。自分も、そちら方面では無理だろうな……と言う自覚はしっかりとあるのだ。
「ともかく、用意をしておいてやるか」
 お子様達のおやつの……とカナードは意識を切り替える。
「苺とサクランボ……と来たら、いっそ、プリン・ア・ラ・モードにしてやるか」
 それと紅茶か。こう呟きながら、カナードもキッチンに向かってきびすを返す。
「しかし、どうして子供って、あんなに甘いものが食べられるんだろうな」
 自分は味見だけでもう辟易しているというのに、と他人から見ればまだまだ《子供》と言われてもおかしくはない年齢――もっとも、プラントの法律で言えば、既に《成人》と認められる年齢になったが――でありながらも、カナードはこう言ってしまう。
「……あぁ、お子様は使うエネルギーが多いのか」
 成長もしなければいけないし、それ以上によく動くからな……と取りあえずの結論を見いだして、カナードは頷く。
「ならば、キラのためにはもう少し豪華にしてやってもいいかもしれないな」
 あの子は、普段の食事だと本当につつく程度しか食べてくれない。それが、まだまだ心にいやしきれない傷を抱いているからだ、と言うことはよくわかっていた。
 しかし、キラもまだまだ成長期だ、と考えれば、少しでも栄養を摂って欲しい。
「……本当は、普通の食事をきちんと食べてくれればいいんだがな」
 今食べさせると逆効果だろうか。
 だが、夕食の時間までは彼等のお腹の方がもたないだろうしな……と言うことで、妥協をしておく。
「学校では普通に食べているのかどうかも、取りあえず確認しておかないと」
 それに関しては、きっとあの二人――というよりもレイ――がチェックをしておいてくれるだろう。後は、さりげなくラクス・クラインに確かめてみればいいか、と考える。
「俺が暇なうちに、一度ここに連れてこい、とキラに言っておくか」
 ギルバート達の太鼓判があるからこそ認めたが、自分の目で確認をしなければやはり心配だ。
 そう考えてしまう自分は、やはり過保護なのだろうか。
 キッチンのドアをくぐりながらカナードは首をひねる。
「お兄ちゃん、着替えてきたよ!」
 そんな彼の耳に、キラの可愛らしい声が届いた。