その日、オーブという国から《オノゴロ》という島は消え失せた。

 彼は、一生懸命、地面を掘っていた。
 この下に、自分の家族がいるはずなのだ。
 でも、彼の小さな手で一度に取り除ける土の量なんて、ほんの僅かなものでしかない。家族の上にどれだけの土が覆い被さったのか、彼にもわからないのだ。
 それでも、と思って、彼は黙々と土を掘り続ける。
「父さん、母さん……マユ……」
 どうして、自分も一緒にこの土の下に行かなかったのだろう。
 どうして、あの時、自分だけ駆け出してしまったのだろう。
 あの時、みんなと一緒にいれば、自分だけ残されることはなかったはずだ。
「俺だけ……」
 生きていてもしかたがないのに……と呟きながら、さらに土を掘る。
 その時だ。
「何、しているの?」
 不意にシンの後頭部に声が投げつけられる。慌てて視線を向ければ、自分と同じぐらいの年齢の子供が立っているのがわかった。しかも、その頭や細い手足には包帯らしいものがまかれている。と言うことは、この子供も、あの惨劇に巻き込まれたと言うことだろう。
 それにしては、どうしてこんなに綺麗なすみれ色の瞳をしていられるのだろうか。
 まぁ、自分には関係のないことではあるが……とすぐに視線を手元に戻す。
「父さんと、母さんと、マユを探している……」
 この下にいるはずだから……と言葉を返すと、また作業を再開しようとする。
「……君、名前、は?」
 その隣にしゃがみ込むと、子供はこう問いかけてきた。
「僕は、キラ」
 さらにこう付け加える。
「シン……」
 先に名乗られては無視をするわけにはいかない。シンは渋々ながら言葉を返した。
「なら、そこまでにしておくんだな、シン」
 次の瞬間、また別の声がシンの耳に届く。
「カナードお兄ちゃん?」
 どうして、とキラが声がした方向に視線を移動する。
 つられたようにシンも視線を向けた。そうすれば、少しだけ年上の少年の姿が確認できた。
 キラと同じ色の瞳をしているから、きっと実の兄妹なのだろう。彼もまた、あちらこちらに包帯を巻いていた。
「きっと、シンの家族は、綺麗な姿のままの自分を覚えていて欲しいと思っているはずだ。だから、そのままにしておいてやれ」
 その言葉は、取りあえず理解できる。
「でも……」
 自分が嫌なのだ。
 こんな所に家族を放っておくことが。
「家族の姿を、そいつが覚えておけばいい。そうすればそいつが死ぬまで、そいつの心の中でいつまでも綺麗な姿で微笑んでいられる」
 キラや俺がそうであるようにな、とカナードと呼ばれた彼は続ける。
「家族を偲ぶよすがが欲しいなら……他のことをしてやれ」
 そんなことを言われても、すぐには思い浮かばない。
「キラ。種はまだ残っているか?」
 シンが悩んでいれば、カナードがキラにこう問いかけている。
「お花の? まだ、いっぱいあるよ」
 こう言って、キラはポケットの中から可愛らしい袋を取り出す。
「なら、父さん達のお墓にそうしたように、ここもお花でいっぱいにしてやれ。お前の家族は、花が嫌いじゃないだろう?」
 後半はシンへと視線を戻しながら、カナードはこう問いかけてきた。
 確かに、母もマユも花は好きだった。だから、とシンは素直に首を縦に振ってみせる。
「……ここには、他の人もいるんだ。だから、綺麗な場所にしてやれ」
 な、と言葉を重ねられて、シンは悩む。
 もう一度家族の顔が見たいというのは事実。しかし、そのせいで、自分の中で彼等の顔が今の姿になってしまっては、きっと、思い出すのが辛くなるだろう。
 それに、いつまでも一緒にはいられない、と言うこともわかっていた。
 だったら、彼の言うとおりに、ここを花畑にしてしまった方がいいのだろうか。そんな気もする。
 父も、母やマユには甘かったから、きっと苦笑を浮かべて妥協してくれるだろう。
 シンはそう考える。
「……わかった……」
 だから、小さな声でこう告げた。
「いいこだ」
 自分のものよりは大きな手が、そっと頭を撫でてくれる。それは記憶の中にある父のものよりは小さいのだろう。だが、それでもそのぬくもりが嬉しいと思う。
「……泣いていいんだよ、シン」
 ふっとキラがこう囁いてくる。同時に、細い腕がシンの頭を自分の肩へと引き寄せていく。
「……キラ……」
 そのぬくもりを感じた瞬間、シンの双眸から涙がこぼれ落ちた。
 考えてみれば、家族のために泣いたのはこれが初めてかもしれない。
「大丈夫。僕たちが、一緒にいてあげるから……」
 シンの背中をキラの手がそうっと撫でてくれた。