「今回のことは自業自得、だろうな」
 小さな笑いと共に、バルトフェルドがカップに手を伸ばす。
「……何を考えていたのか。だいたい想像が付いているがね」
 同じようにカップを口元に運びながらラウも頷いている。だが、その眉根が一瞬寄せられた。
「ラウ兄さん?」
 どうかしたのか、とキラは不安そうに声をかける。
「あぁ、気にしなくていい。この男の悪癖を忘れていた私が悪い」
 自分も紅茶にすればよかった……と彼はわざとらしいため息をついてみせた。
「おや、酷いね。今回のブレンドは自信作だったのに」
 即座にバルトフェルドがこう言い返す。
「残念だが、知り合いにあなたに負けないくらいコーヒーにこだわっている人間がいるのでね」
 しかも、彼の場合、自分たちにも飲みやすいブレンドを作っている。だから、それに飲み慣れていると、他のブレンドは飲めない。しかも、バルトフェルドのブレンドは癖がありすぎる。
 一息で、ラウはこう反論をした。
「……確かに、うちのコーヒーを飲み慣れると、他のコーヒーは今ひとつだよね」
 それに関しては、キラも同意だ。
「でも、そんなに凄い味なの?」
 興味津々という様子でさらに問いかけの言葉を口にした。
「キラ、悪いことは言わない。やめておけ」
 だが、それに言葉を返してきたのはラウではない。
「イザーク?」
「お前の繊細な味覚が破壊されない」
 はっきり言って、バルトフェルドのブレンドしたコーヒーを飲むくらいなら、軍の合成コーヒーを飲んだ方がマシだ」
 少なくとも自分にとっては、と彼は言葉を綴る。
「もっとも、それを平然と飲んでいるものもいるがな」
 そういいながらイザークが視線を向けたのは、アスランとディアッカだ。
「……君がまだお子様味覚だから、じゃないかな?」
 反論するかのようにバルトフェルドがこう言う。
「君の口には合わないから、とりあえず、興味を持つのはやめておきなさい」
 さらに続けようとした彼の言葉を征して、ラウは言葉を綴る。
「それよりも、そちらのフルーツケーキは君好みだと思うよ」
 微笑みと共に彼はさらに言葉を重ねた。
「是非とも味見をしてくださいな、キラ」
 その言葉を待っていたのか――それとも、別の理由からか――ラクスも彼に賛同するように微笑んだ。
「キラに食べて頂きたくて、選んできましたの」
 だから、食べて欲しい。彼女はそうも続けた。
「……うん」
 言葉とともにキラはケーキに手を伸ばす。そのまま、それを口に運ぼうとしたときだ。
「失礼します」
 こう言いながら、バルトフェルドの副官と思える人物が歩み寄ってくる。そして、バルトフェルドの耳元で何事かを囁いていた。
 次の瞬間、彼の口元がおかしそうに歪められる。
「どうやら、君達の追及でかなり精神的に疲弊していたようだね」
 無条件降伏とはいかないまでも、かなり譲歩をすることになったようだよ……とその表情のまま、彼はキラ達に説明をしてくれた。
「君達の無事が確認できないうちは、追及の手を休めない、とでも言われたのかもしれないね」
 つまり、こちらに連絡を入れさせたいと言うことか。
「きっと、ミナさまが対応されただろうからね」
 低い笑いと共にラウが告げる。
「そんなに凄いのかね?」
 興味津々というようにバルトフェルドが問いかけてきた。
「今回はキラのことも関わっていますからね。なおさらでしょう」
 ギナのように怒りを表に表すタイプではない。だから、余計に怖いのだ……と言うラウの言葉にはキラも同意だ。
「でも……そこまで凄いかな?」
 それとも、自分が知らないだけなのか……とキラは首をかしげる。
「先ほどのラクス嬢程度の言動はすると思うよ」
 ラウが笑いながら教えてくれた。
「……それは、怖いな」
 ぼそっと呟いたのはアスランだ。
「何かおっしゃいまして?」
 ラクスがすぐに聞き返している。
「いえ、何でもありませんよ」
 さらりと言い返している様子から判断をして、アスランも慣れているのだろうか。だとするなら、何度も同じ事を繰り返しているのかもしれない。
「ともかく……アマノトリフネとの回線を開いても構わないな?」
 話題を変えようとしたのか。バルトフェルドがこう問いかけてくる。
「お願いしよう。キラの無事を確認すれば、暴走することはないだろうからね」
 ラウが即座に言葉を返す。
「わかった。では、そのように手配をしてくれ。回線はこちらに回すように」
 てきぱきと指示を出すバルトフェルドの姿を見ながら、キラはとりあえずケーキを自分の皿に取り分ける。ついでとばかりに、シンのそれへも移動させれば、彼が小さな声で礼を言ってくるのが耳に届いた。