ぐったりと椅子に体を預ける。
「ギル……大丈夫ですか?」
 そんな彼の顔を、レイが心配そうにのぞき込んできた。
「あぁ……」
 とりあえず、彼を安心させようとデュランダルは頷いて見せる。
 実際、体の方は何でもない。疲労を感じているのは精神の方なのだ。
 ラウはともかく、一回り以上も年下の少年少女の言葉に、ここまで追いつめられるとは予想もしていなかった。
 もっとも、と心の中で付け加える。
 ラクスなら当然かもしれない。自分とは違う方法とはいえ、彼女もまた言葉を武器にしているものだ。
 だが、ニコルがあそこまでとは思わなかった。
 何よりも、とデュランダルは眉を寄せる。彼等とキラが顔見知り――いや、もっと親しい関係なのだろう――だと知らなかったことが、自分の敗因かもしれない。
「それよりも、よかったのかね?」
 ふっと思い出したと言うようにデュランダルはレイに問いかける。
「何がですか?」
 意味がわからない、と彼は視線を向けてきた。
「キラ嬢と一緒に行かなくてよかったのかね?」
 シンは付いていったようだが、と言葉を重ねる。
「シンが付いていったから、大丈夫です。ギルも心配でしたから」
 彼もデュランダルを心配していた。だから、自分が残ってシンがキラと一緒に行くことになったのだ、とレイは言葉を返してくる。
「そうか」
 だとするならば、余計な気遣いをさせてしまったね……と口にしながら、デュランダルは彼の頭を撫でた。
「……気にしないでください」
 キラにはそれなりに好印象を与えられているから、とレイは微かに微笑む。
「なら、いいのだがね」
 それでも、自分のことを優先していいのだ。そう続ける。自分のことは自分で責任を取れるから、とも付け加えた。
「……それに」
 少しだけ意味ありげな口調で言葉を重ねる。
「キラ嬢が私の味方をしてくれれば、無敵かもしれないよ?」
 彼女が自分を心配しているとわかれば、ラウはもちろん、ラクス達も無理をしてこないだろう。だから、と続けた。
「だといいのですが」
 そんなことになれば、逆に彼等を煽る結果にならないか。レイは言外にそう付け加える。
「それこそ、君達次第、だろうね」
 そうなるかどうかは……と言葉を返したときだ。端末がブリッジからの連絡を伝えてくる。
「……何かあったのかな?」
 こう呟きながらレイの頭から端末へと手を移動させた。その瞬間、彼が寂しそうな表情を作ったことも見逃さない。
 自分の温もりが離れていくと、昔から彼はそんな表情を見せたのだ。
 そういえば、キラもやはりラウが離れていくと寂しさと不安が入り交じった表情をしていた。それも彼と同じ理由からなのか。
 だとするなら、彼女もやはり《人間だ》と言うことの証明であろう。
 決してあの者達がいっているような『人形』でも『道具』でもないと言うことだ。
 もっとも、と考えながら、端末を操作する。
 あの者達は自分たちですら『道具だ』と言っているのだ。彼女の生まれの特異さを知れば、そう考えるのも当然かもしれない。
 だが、自分たちにはその生まれの特異さと彼女自身の才能が必要なのだ。
 それを手に入れられなければ、コーディネイターの未来はない。
 しかし、それは自分にはどうすることも出来ない。彼女自身の意志でなければ、それこそ、周囲の者達が大騒ぎをするだろう。
 それでは、目的を達することが出来ないのだ。
 だから、養い子達に頑張ってもらうしかないのだが。
「私だ」
 そんなことを考えながら、言葉を口にする。
『サハクから、緊急の連絡が入っております。いかがなさいますか?』
 そちらに回すか。それともデュランダルがブリッジまで来るか。そう問いかけてくる。
「ブリッジに行こう」
 相手がオーブの五氏族の一つである以上、それなりの礼儀は尽くさなくてはいけないだろう。
「今しばらく待って頂くよう、連絡をしてくれ」
『了解しました』
 即座に言葉が返ってくる。そのまま、通話を終えた。
「ギル……」
 不安そうな表情を隠さずにレイが声をかけてくる。
「心配なら付いてきなさい」
 微笑みを向けながら、デュランダルは腰を上げた。
「はい!」
 それだけで、レイはほっとしたような表情になる。彼のその表情にデュランダルもまた安心できた。