目の前の光景が寒い。
 そう思ってはいけないのだろうか。そんなことを考えながら、キラは無意識にアスラン達の背後へと移動してしまう。
「……キラ」
 それに気が付いたのか。アスランが苦笑を向けてくる。
「まぁ、気持ちはわかるけどな」
 さりげなく近づいてきたディアッカがこう囁いてきた。
「俺だって、矛先が自分に向けられていたら、ここにこうしていられない」
 何と言われても構わない。即座に白旗を揚げさせてもらう、と彼は付け加える。
「そうなったとしても、腰抜けと呼ばんから安心しろ」
 イザークも、苦笑を浮かべながらこう言ってきた。
「ラウさんはもちろん、本気で怒ったラクスさまに太刀打ちできる人間はそういない」
 おそらく、ザフトの軍人でもほとんどいないだろう。苦笑と共に彼はそう付け加える。
「……俺としては、あの二人を敵に回しても一歩も退く様子がないデュランダル議長に感心するよ」
 アスランがため息とともに言葉をはき出す。
「ラウさんはかなり鬱憤がたまっていたようだし」
 あそこまで冷静にきれている彼は久々に見たかもしれない、とアスランはさらに付け加えた。
「……僕が迷惑をかけていたから、かな?」
 それが一番原因になりそうだ。キラは不安そうにこう呟く。
 だとするなら、やはり自分は彼――彼等――のお荷物にしかなっていないのだろうか。
「キラの迷惑は迷惑だと思っていないだろうね、ラウさんは」
 それなのに、どうしてアスランも彼等と同じ言葉を返してくれるのだろうか、とキラは首をかしげる。
「だろうな。俺もそう思うし」
「否定はしない」
 さらに、イザーク達も、だ。
「だから、気にするな。お前を守ることを当然だと思っているんだよ、みんな」
 ラクスも含めて……とアスランは微笑みを向けてくる。
「……しかし、これにもう一人加わったら、俺たちでも止められなくなるな」
 今、この場にいないことは幸いなのか……とさらに彼は付け加えた。
「アスラン!」
 その言葉にイザークが頬を引きつらせる。
「……お前、な。言霊ってものがあるって、知っているだろう?」
 この艦に乗り込んでいるんだ。いつ、姿を現したとしてもおかしくないだろう、とディアッカはディアッカでため息をつく。
「……ひょっとして、ニコル君?」
 みんなが心配しているのは、とキラは問いかけた。
「キラも……頼むからその名前を出すなって」
 怖いだろう、とディアッカはどこかおどけた口調で告げてくる。あるいは、それは自分の気持ちを浮上させるつもりだったのかもしれない。キラはそうも考えた。
 その時だ。
「誰が怖いんですか?」
 背後からにこやかに声をかけられる。それは確かラスティのものだったはず。
 彼がニコルと顔見知りだったことから、他の三人とも知り合いなんだろうな、ともそう思いながらキラは視線を向ける。
 次の瞬間、その頬が別の意味で引きつった。
「そりゃ」
 だが、ディアッカはそんなキラの反応に気付いていないらしい。平然と言葉を続けた。
「ニコルに決まっているだろう」
 あいつ一人だけで泣かせた相手は二桁に届いているはずだ。さらに彼は付け加える。
「失礼ですね」
 だが、次に響いた声を耳にして、彼は動きを止めた。
「二、ニコル!」
 何でここに! と彼は震える声で問いかける。
「作業が終わりましたし、ラクスさまにご挨拶を、と思っただけですが?」
 いけませんでしたか? と微笑む彼が、微妙に怖い。
「……ばか」
「自業自得、だな」
 アスランとイザークがこっそりと呟いている。もちろん、それもニコルの耳には届いているだろう。だが、それに関しては、あえて無視をすることに決めたらしい。
「ニコル君」
 しかし、このままでも気まずい。そう思って、キラはおずおずと声をかける。
「何ですか?」
「……ラクス達の味方をしてくれる? その方が早く終わりそうだから」
 長時間の恐怖よりも、短時間で終わった方が他の者達の精神状態上いいのではないか。そう判断したのだ。
「そうですね」
 わかりました、とニコルは頷いてみせる。しかし、彼の意図は違うところにあったらしい。
「そうすれば、ゆっくりとお話をする時間が増えますね」
 エターナルなら、ピアノの一台ぐらい積んできているかもしれないし……と彼は付け加える。そのまま、ラクス達のように歩み寄っていく。
「……何か、失敗した?」
 彼の背中を見つめながら、キラは小首をかしげる。
「気にするな」
 それが、アスランの返事だった。