ドアが開いた。そう認識した次の瞬間である。
「キラ!」
 柔らかな桃色が部屋の中を明るく彩った。
 その色彩を身に纏っている人物をキラは知っている。そして、その声も、だ。
「……ラクス?」
 だが、それはここにいるはずのない相手だ。それなのに、と思って視線を向ける。
「心配しましたわ、キラ」
 しかし、自分の体を抱きしめている腕は、確かな存在感を伝えてきた。その温もりが疲れ切った心を優しく撫でてくれる。
 何よりも、彼女が身に纏っている香りは自分の記憶の中のそれと変わらない。
「……僕は、大丈夫だよ、いつでも」
 兄さん達がいてくれるから。そっとその背中に腕を回しながらこう言い返す。
「それはわかっています……でも、それでも心配なのですわ」
 キラは女性なのだから、とラクスは付け加える。
「男性にはわからないこともたくさんあるものです」
 きっぱりとした口調でこう言い切る彼女に、ラウが微かに苦い笑みを浮かべているのがわかった。自分では自覚していなかったが、彼には思いあたる者があるらしい、とキラはその表情から判断をする。
「それに……少し細すぎます!」
 いくらなんでも、このウエストの細さは異常だ! とラクスは叫んだ。
「そんなこと……無いよ?」
 普通でしょ? と言い返す。
「いいえ、異常です! わたくしの服を着ても、きっとウエストが余りますわ」
 何なら、実験をしてみるか? とラクスはさらに付け加える。
「ラクス……」
 それは、とキラは言い返そうとした。同時に、脳裏に過去のあれこれが思い浮かぶ。
「キラにお会いできると思って、たくさん用意してきましたの」
 しかし、ラクスは本当に嬉しそうな口調で言葉を重ねてきた。
「そこまでにしてください、ラクス」
 小さなため息とともに聞き覚えがある別の声が届く。しかし、それは記憶の中のものよりもさらに低い響きに変わっていた。
「そうです。キラと会えて嬉しいのはわかりますが、俺たちにも再会の喜びを感じさせてください」
 さらに一つ。
「賛成。俺たちにも権利はあるんじゃないですか?」
 ここまで来ると、この声が聞こえてきても驚きはしない。むしろ、当然のように思える。
「アスラン、イザーク、ディアッカ」
 彼等の名を呼びながら、キラは視線を向けた。しかし、次の瞬間、その眉根が少しだけよせられる。三人とも、ザフトの軍服を身に纏っていたのだ。
 だが、衝撃はさほど大きくない。
 それはきっと、ニコルの軍服姿を事前に見ていたからだろう。何よりも、アスランの場合、父親が国防委員長という地位にいたはずだし、とそう心の中で付け加える。
「……キラを迎えに行きたければ、守りきれるだけの実力をつけろ、と言われてな」
 真っ先に口を開いたのはイザークだ。
「と言うわけで、俺はこれのフォロー役を頼まれたわけ」
 だが、そうすればキラのフォローも出来るから……とディアッカが苦笑と共に続ける。
「アスランは、言わなくてもおわかりでしょう?」
 くすくすとラクスが笑いを漏らす。
「おじさまに、はめられた?」
 キラがこう告げれば、彼は嫌そうな表情を作る。
「俺は、軍人にはなりたくなかったんだがな……二十歳まで、と言う約束もどこまで信用していいものやら」
 あのタヌキは……と彼は吐き捨てるように告げた。
「その口で今でも最高評議会議員をしておられるのですもの。早々にリタイアしたうちの父とは違いますわ」
 もっとも、そのおかげでオーブとのパイプを強めているが、と彼女は続ける。
「今回も、アスハのカガリ様からの依頼ですの。ヘリオポリスでコンサートを開いて欲しいと」
 自分の歌で災害にあったみんなの心が少しだけで安らいでくれればいい。だが、最高評議会議長のデュランダルは会見のために出かけている。それでパトリック達に相談したのだ。
「二つ返事でアスランとエターナルを貸し出してくださいましたわ」
 話をしてはきちんと筋が通っている。しかし、それだけなのだろうか……とキラは不安になる。ラクスとカガリが関わっているのだ。額面通りに受け取っていいとは思えない。
 ひょっとしたら、自分たちのことが伝わっていたのではないだろうか。だから、彼女は安全なプラントからここまでやって来たのかもしれない。
 そうなら、申し訳ない……とキラは心の中で呟く。
「ともかく、ここではゆっくりとお話しできませんわね。どうしましょう?」
 と呟きながら、ラクスはようやくキラの体を解放してくれる。
「……エターナルに戻った方がいいかもしれませんね」
 着替えもあちらにあるのでしょう? とアスランが問いかけてきた。それだけではなく、彼はキラの頬をそっとその手で包む。
「あまり休めていないだろう? キラもだけど、ラウさんもそうじゃないのか?」
 なら、余計に……と彼は続けようとする。
 しかし、だ。
「ダメです!」
 それを遮るような声が周囲に響く。視線を向ければ、シンが憮然とした表情でこちらをにらんでいるのが見えた。