アスラン達まで加わっては流石に不利だ、と判断したのか。
 地球軍は撤退を開始している。
「……デュランダル議長は追撃を命じられるでしょうか」
 それを確認しながら、ラクスは問いかけの言葉を口にした。
「流石に、それはないでしょうな」
 即座にバルトフェルドが言い返してくる。
「こちらが有利に見えるのは、アスラン達が救援に向かったからです。予想外の増援があったからですよ」
 向こうにもそれがないとは言い切れない。
「第一、俺たちは慰問に来たのであって、戦争をしに来たわけではないからな」
 そうだろう? と口にしながらも、彼の口元には別の意味にも取れる笑みが浮かんでいる。
「そうですわね。地球軍が離脱をしたと確認できたなら、アスラン達には戻るように伝えてくださいませ」
 それから、あちらに乗り込もう。こう言って、ラクスはさらに笑みを深めた。
「楽しみですわ」
 色々な意味で、と彼女は付け加える。
「お手柔らかに」
 あれでも最高評議会議長だ、とバルトフェルドは言い返してきた。
「それは、あの方次第ですわね」
 彼が素直にこちらの言うことを聞いてくれればいい。だが、ごねるようであれば手段を選んではいられないだろう。
「わたくしにとって、あの方の面子よりもキラの方が大切ですから」
 だから、キラを傷つけるのであればただではすまさない。
「ラウ様もご一緒におられるのでしたら、心強いですわ」
 こういった瞬間、バルトフェルドが複雑な表情を作る。しかし、ラクスはそれを見て見ぬふりをした。

 振動がおさまる。
「終わったの、かな?」
 キラはラウの腕の中でこう呟く。
「おそらくだがね」
 問題はこれからだろうが……と彼は付け加えた。その意味はキラにもわかっている。
「ムウ兄さん達が来てくれるかな……」
 それとも地球軍だろうか。こう付け加えた瞬間、キラの体は無意識のうちに震え始める。
「きっと来るだろうね。ロンド・ミナさまもその位はわかっておられるはずだ」
 放っておけば、あの二人は手に負えない。
 下手をすれば、強引に乗り込んでくるぐらいするだろう。そうなった場合の騒動を考えれば、どちらかを連れてくる方が楽に決まっている。
「カナードでは自制が出来ないかもしれないからね。来るとすれば、ムウの方だろうね」
 自分にしても、その方が都合がいい。彼は小さな声でそう付け加えた。
「ともかく、君は少し休みなさい」
 顔色がよくないよ? と彼はキラの顔をのぞき込みようにして口にする。
「……兄さん……」
「君が元気でなければ、私があの二人に怒られる」
 そう彼は続けた。
「それは……」
 決してラウのせいではないのに。キラはそうも続ける。
「彼等もそれはわかっているだろうけどね。君を守れなかったことは否定できそうにないからね」
 早々に逃げ出さなかった自分が悪い。ラウはそう言い返してきた。
「兄さん……」
「だからね。私のために、少しでも体調を戻しておいてくれると嬉しいのだよ」
 そのためにも少し眠りなさい。眠れなくても少し横になっていて欲しい。こう言われては、キラとしてももう反論は出来ない。
「……でも、部屋をまた移動するかもしれないでしょう?」
 その時に眠っていては、ラウに迷惑をかけてしまうのではないか。
「君一人を抱えて歩くぐらい、どうと言うことはない。だから、気にしなくていい」
 いいこだから、おやすみ……と彼はそう付け加える。
「それとも、私が落とすとでも思っているのかな?」
 その質問は卑怯だ、とそう思う。それでも、彼がそうするはずがないと言うことも事実だ。だから、と静かに首を横に振ってみせる。
「いいこだね」
 そんなキラの額に、ラウは一つ、キスを落とした。

 緊張が解けたからだろうか。今すぐにでもシートの背もたれに体を預けたい、とそう思う。
 だが、自分が今、それをしては他の者達に示しが付かない。艦長としての義務がある以上、事後処理を終えるまで気を抜くわけにはいかないのだ。
 だから、とその背筋を逆に伸ばした。
「エターナルから連絡です」
 その時、この言葉が耳に届く。
「何と言っているの?」
 隣に座っているデュランダルの顔を見つめてから、こう聞き返す。
「こちらが落ちつき次第、連絡が欲しいと。ラクスさまが、みんなのために歌を歌いたいとそうおっしゃっておられるそうです」
 面倒なことを、と思わないわけではない。
 だが《ラクス・クライン》の歌が艦内のクルーにとってどれだけの慰めになるか。それもわかっている。
「わかったわ。その時にはこちらから連絡を入れると返答をしてちょうだい」
 何よりも、彼女の存在が隣にいる男にとっての牽制になってくれるのではないか。それを期待してはいけないのだろうが、と思いつつ、心の中で呟いてしまう。
「了解しました」
 それに対する返答に喜色が含まれていることをどう判断すればいいのか。少し悩みたくなってしまったことも事実だった。