目の前の光景を見つめながら、カナードは自分の感情を沈めようと必死になっていた。
「何故、出撃を許可して頂けないのですか?」
 それでも、抑えきれない感情のまま、こう問いかける。
「我々が介入することで、状況がさらに悪化する可能性があるからだ」
 たとえ、それが所属不明の機体であっても、だ。
「それに、我々が手を出さなくても、あちらには増援が来る」
 しかも、キラにとって最高の援軍だ……とロンド・ミナは意味ありげな笑みを浮かべる。
「と言うと」
 それだけで、カナードにも誰がこちらに向かっているのかわかってしまった。
「歌姫とその下僕達が来ていると?」
「表向きは、ヘリオポリスの慰問、だそうだ」
 にやりと彼女は笑みを深める。
「プラントの歌姫はオーブでも人気だからな。断る理由がないだろう、とウズミと合意を見た」
 まぁ、それだけではないがな……と彼女はさらに言葉を重ねた。
「そういうことだから、しばらくは傍観しておけ」
 巻き込まれたくないだろう? と付け加えられて、カナードは苦笑を返す。
「歌姫の口撃は最凶ですからね」
 あれが《癒しの歌姫》と言われていると聞いた瞬間『嘘だろう』と言ってしまったほどだ。
 それに対し、一番手厳しい批評をしたのは、もちろんラウである。『見た目と歌だけならば、確かに癒やされるだろうな』と言う彼の評は、流石のキラも否定できないようだった。
 その歌姫の邪魔をして矛先を向けられたくない。
「キラに無様なところは見せたくありませんし」
 彼女の口撃と互角に戦えるのはラウだけだ。しかし、その彼は今、ここにはいない。戻ってきても、即座に参戦できるような体調かどうか、わからないのだ。
「もっとも、俺としては是非ともあの歌姫に、あのバカ息子の精神をたたき直して貰いたいとは思いますけどね」
 そうすれば、少しはましになるのではないか。
 カナードのその主張にロンド・ミナは一瞬、目を丸くした。だが、すぐに楽しそうな表情になる。
「そうだな」
 確かに、それはいいアイディアかもしれない。キラが巻き込まれた原因の一端が彼にある。そう告げればなおさらだろう。
「……多少の憂さ晴らしにはなるでしょうね」
 楽しみだな、と呟き会う二人に、誰も声をかけることが出来なかった。

 ラクスは苛立ちを隠せないという様子で虚空を見つめていた。
「到着まで、後どれくらいの時間がかかりますの?」
 そのまま、近くにいた相手にこう問いかけている。
「歌姫。そう焦っても、いい結果は生まれませんよ」
 苦笑と共に言葉を口にしたのはこの艦の艦長であるバルトフェルドだ。
「わかってはいますが……既に、戦闘が開始されていると言うではありませんか」
 そう考えれば、大人しくしていられない。ラクスはそう言い返す。
「アマルフィの坊やが先に合流しているんだろう?」
 なら、大丈夫だ。そういって、彼は笑う。
「あの坊やが行っているなら、俺たちがたどり着くまでは持ちこたえているだろう」
 他に、あの隊にはラスティがいるはずだし……と彼は付け加えた。
「そうですわね」
 彼も経験という点ではニコルやアスラン達に負けない。それに、キラのことを彼に頼んだのは自分ではないか。だから、疑うのは失礼に当たるだろう、とラクスは心の中で呟く。
「それに……万が一のときには、あいつも動くだろうしな」
 いけ好かない奴だが、そう言う点では信用できる。
「問題があるとすれば、議長とあいつの仲が悪いことだ」
 それに関しては、デュランダルの方が悪いんだがな……と彼は苦笑と共に付け加えた。
「そうなのですか?」
「あぁ。それでも妹を守るためならクルーゼの方が先に妥協をするだろう」
 それについては、ラクスの方がよく知っているだろう? と彼は問いかけてくる。
「そうですわね。あの方々はみんな、キラを大切にしていらっしゃいましたから」
 だから、きっと、キラに危険が迫ったときには、どのような状況であろうとも動くに決まっているはずだ。
「それでも、わたくしはわたくしの手でキラを助けたいのですわ」
 ついでに、キラをこのような状況に追い込んだ人間に鉄槌を与えてやりたい。そうも付け加える。
「それに関してはお止めしませんよ」
 苦笑と共にバルトフェルドが言い返してきた。
「と言うことで、そろそろ、坊や達に出撃の準備をするように伝えてくれ」
 後少し行けば、先行させても大丈夫だろう。彼はそう言って笑った。
「了解です」
 即座に言葉が返される。
「今、行きますわ、キラ」
 待っていてくださいね……とラクスは微笑んでいた。