「本当。手間のかかるオコサマだよ」
 銃弾をかいくぐりながらムウは呟く。
「今のところは五分五分だからいいが……」
 このバランスが崩れれば、間違いなく、自分たちも標的になるだろう。もっとも、撃墜されることはないだろうが、もっとヤバイ状況に置かれることは目に見えている。
 それが狙いだった奴は、戦場のど真ん中で泣いているようだが……と唇の端を持ち上げた。
「と言うわけで、あれをさっさと持ち帰って……それから、どうするか決めるか」
 心情的にはどうであれ、迂闊に介入するわけにはいかない。
 だが、とこっそりとはき出す。
 キラとラウが捕らわれている以上、ザフトを支援しないわけにはいかないのではないか。
 かといって、地球軍との関係を悪化させることは、オーブのためにならない。
「本当、厄介だよな」
 そういうことを考えなければいけない立場になった、と言うことが……だ。
 昔は、そんなことを考えていなかった。そして、考える立場になるとも思っていなかった。
 だが、今は違う。
「堅苦しいのは嫌いなんだけどな」
 それでも、その立場を選んだのは自分だ……と言う自覚がある。だから、文句を言えないと言うことも、だ。もちろん、言うつもりはない。
「表に出ないだけ、ましなんだろうけど、な」
 何よりも、実際に自分で行動することが出来る。
 それでかなりストレス解消になっているんだよな……と呟く。
 その間にも、彼の機体は着実に目的にへと向かっていった。
「さて、と」
 思い切り不本意だが……と思いながら通信回線を開ける。
「そこにいる、オーブ籍の船のパイロット! 聞こえるか?」
 そのままオープン回線で声をかけた。
『ムウ・ラ・フラガか?』
 普段からどこかは気のない声が、さらに情けない響きを滲ませている。どうやら、かなり恐怖を味わっていたようだ。
 だが、オーブの首長家の後継だというのであれば、この程度で腰を抜かされては困る。なんだか、見捨てたくなってしまう、だがそうするわけにはいかない、と言うこともわかっていた。
「俺だったら、なんだって言うんだ?」
 不本意だぞ、と言う感情を隠さずにムウは言葉を返す。
「放っておいて欲しいって言うなら、無条件で飲むが?」
『やめてくれ!』
 ユウナは即座にこう言い返してくる。
『ボクを見捨てるな!』
 安全な場所まで連れて行け、とあくまでも強気な口調で言ってくる。しかし、モニタに映っている顔を見れば、その強がりが嘘だとわかってしまう。
「……きたねぇ顔……」
 既に涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているそれを思わず保存してしまったのは、カガリと見て笑おうと思ったからだ。
 その程度の楽しみがなければやってられない。
『お前ぇ!』
 しっかりと声が聞こえたのだろう。即座に怒鳴り返される。
「否定できる面かよ」
 ため息とともにムウは言葉を口にした。
「それで? セイランのお坊ちゃんはどうして欲しいわけ?」
 自分はただ、状況を確認して欲しいとしか言われていない。別に、このまま見捨てていっても困らないが? と付け加える。
 もちろん、そんなことはしない。
 どんなに気に入らない相手でも見捨てると――程度の違いはあっても――気がとがめる。
 でも、こいつならそれもないのではないか……と心の中で呟いてしまった。
 そんな彼の気持ちが伝わったのだろうか。
『ボクを安全な場所まで連れて行け!』
 こう叫んでくる。
「……お前、それが人にものを頼む態度か?」
 見捨ててやろうかな、と付け加えたのは半分本音だ。
『そんな!』
「人にものを頼むときの態度を習わなかったのか?」
 それで頼みを聞いてくれるのは、セイランにおべっかを使う連中だけだ。そう言い返す。
「だから、カガリに振られるんだな」
 ぼそっと付け加えた瞬間、彼の顔が凍り付いた。
「あいつはあれでも大人気だからな。他にいい相手が見つかるだろうし」
 キラには、自分たちが最高の相手を探してやる予定だし……とそう付け加える。彼の言葉でユウナの表情がさらに情けなくなっていったことは否定できない事実だ。
『お願いします。ボクを安全な場所まで運んでください』
 それでも、ここにおいて行かれるのはいやだ、と判断したのだろう。ユウナはこう言ってくる。
「はいはい」
 しかたがないな、といいながらムウはマニピュレーターを伸ばす。そのまま、船体ごとユウナを掴んだ。
『中に入れてくれないのか?』
 そのまま、移動を開始すれば、ユウナがこう問いかけてくる。
「ここでそんなことをしているうちに、流れ弾に当たったら本末転倒だろう?」
 だからあきらめろ。そう告げると、そのままアマノトリフネへ向けて帰還を開始した。