まさか、伏兵がいたとは……とデュランダルは唇をかみしめる。
「予測しておくべきだったね」
 それが出来ないのは、自分たちに経験が足りないからだろうか。
「……さて、どうするか……」
 自分が迷ってはいけないことはわかっている。だが、自分の積み重ねてきた経験の中には、このような状況でどうするべきか、判断の規範となるものがない。
 ならば、グラディス達に任せればいいのかもしれない。しかし、彼女たちもまた、実戦は初めてだったはずだ。
「彼等の不利にならないように援護をしなければいけないのだろうけどね」
 そのタイミングが難しい。そういってため息をつく。
「……否定できません」
 せめて、アドバイスをしてくれる人間がいれば……とグラディスが珍しく弱音を口にする。
「もっとも、そのような甘えたことは言っていられないことはわかっていますが」
 しかし、すぐに彼女は表情を引き締めた。
「アマルフィ隊長に出撃を打診して」
 このままでは、こちらの防御が手薄になる。だから、と彼女は指示を出す。
「……一人だけ、艦内に、アドバイスをしてくれる人間はいるのだがね……」
 それを耳にしながら、デュランダルは呟きを漏らす。
「問題は、彼がオーブの人間だ、と言うことかな?」
 それとも、現在は《民間人》と言う立場だと言うことか。
「こういうことになるとわかっていれば、彼の除隊とオーブへの帰還を認めなければよかったのかな?」
 だが、それを認めたのは自分ではない。
 あのころ、自分にはその権限がなかった。
「……議長?」
 いったい何を、とグラディスが問いかけてくる。
「ラウ・ラ・フラガは、以前、プラントにいたことがある。まだ、黄道同盟と言われていた頃の軍で隊長の任に付いていたはずだ」
 そんな彼女に向かって、こう言い返す。
「ですが!」
「その時は《フラガ》を名乗っていなかったからね」
 何か理由があるのだろう。そう思っていた。だが、あのころはどうしてもその答えを見つけ出せなかった。
 しかし、今ならばわかる。
 アスハに縁のある存在がプラントの軍人であってはいけない。だから、偽名を使っていたのだろう。
 あるいは、キラに気付かせないように、と考えたのか。本人に問いかけても答えてはくれないだろう。
 今はそれが重要だとも思えない。
「そのころの彼の名前は《ラウ・ル・クルーゼ》と言っていたよ」
 彼のセリフを耳にした瞬間、グラディスの目が丸くなる。
「あの、クルーゼ隊長ですか?」
 まさか、と彼女は続けた。
「残念だが、当人だよ」
 しかし、本当に丸くなって……と付け加えたのは、もちろんイヤミだ。
「……どうするかね?」
 このような状況であれば、協力を求めても構わないのではないか。もちろん、要請を受け入れてもらえるとは思わないが。そうも続ける。
「……あの方は、今はオーブの民間人です」
 しばらく考え込んだ後、グラディスはこう言ってきた。
「ですから、今はやめておきましょう」
 それに、と彼女は続ける。
「私たちにもプライドがあります。予備役の方であればともかく、あの方は今は、ただの民間人でいらっしゃいます」
 何よりも、彼の存在をキラから取り上げるわけにはいかないのではないか。
 キラの精神の安定のためには、彼の存在は一番重要だと思う。
 そう彼女は続ける。
「……そうだね」
 彼女の、そんな矜持の高さは嫌いではない。いや、むしろ好ましいと思える。
 しかし、この状況ではどうだろうか。
「この艦の艦長は君だ。私は、君の判断に従うよ」
 ただ、とデュランダルは続ける。
「できれば、彼等には安全な場所に移動して貰いたいのだが?」
 どこかあるだろうか。言外にそう問いかけた。
「それこそ、脱出艇か救命ポットでしょうが……」
 彼等をそこに移動させるつもりはないのだろう? とグラディスは付け加える。それに、デュランダルは苦笑を返す。
「それでなければ、貴賓室でしょうか」
 あそこであれば、救命ポッドも併設してある。何よりも、艦が致命傷を受けても、すぐには影響が出ない。グラディスは少しあきれた色を声音に滲ませながら告げた。
「では、そこに移動して貰おう」
 後は、早々に地球軍にはお引き取り頂きたいものだね。そう告げる。
 もちろん、それが一番難しい問題なのだ、と言うことはわかっていた。