その感覚に、ラウは思わず手を止めた。
「兄さん?」
 同じ感覚を認識したのか。キラが声をかけてくる。
「間違いなく、ムウだね」
 こう言って頷いてやった。その瞬間、ほっとしたような表情をキラは作る。
「やっぱり、探してくれていたんだ」
 きっと、すぐに迎えに来てくれるよね? とその表情のまま口にした。
「おそらくね」
 その程度ぐらいしてくれなければ、敷居をまたがせない。こう言い返しながらも、ラウは内心、不安を抱いていた。
 近くまで来ているが、こちらに向かっているわけではない。
 と言うことは、ザフト側と話が付いたと言うことではないのだろう。
 しかも――幸いなことにキラは気付いていないようだが――艦内の空気が緊迫している。
 あるいは、と彼は心の中で呟く。
 既に戦闘状態に陥っているのかもしれない。
 小競り合い程度で終わってくれればいいが……とそんなことも考えてしまう。
「……ラウ兄さん?」
 どうかしたの、とキラが顔をのぞき込んでくる。どうやら、黙ってしまったことで不安になってしまったようだ。
「いや。あの男がどこまで本気で受け止めてくれるか。考えていたら不安になっただけだよ」
 彼のことだ。自分が『敷居をまたぐな』と言えば、二階の窓から侵入しかねない。そう付け加える。
「いくらなんでも、そこまではしないと思うんだけど……」
 庭にテントを張って野宿をするぐらいはするかもしれない。そういうキラの言葉も結構きついように思える。
 これも、自分の影響なのか。
 だとするならば、自分の言動を鑑みなければいけない。キラに悪影響を与え流わけにはいかないならな、とそう心の中で付け加える。
「そうだな。その前にカナードか君を懐柔しようとするだろうね」
 もっとも、それを受け入れるかどうかは君達の判断次第だが……とラウは微笑む。
「鬱陶しいかもしれないが、君達が無視をしていればいいだけのことだよ」
 そういう問題でもないような気がするのだが、とキラは呟いている。
「まぁ、食事ぐらいは出してやろう。ヘリオポリスは温かいから、野宿をしても風邪をひくことはないだろうからね」
 だから、心配はいらない。
「……ご飯さえあれば、ムウ兄さんは大丈夫だよね」
 納得したのだろう。キラが小さく頷く。その事実に、ラウがほっと胸をなで下ろしたときだ。
 今まで感じたことがない大きな振動が伝わってくる。
「なに?」
 その瞬間、キラの表情が強ばった。
「大丈夫だよ、キラ」
 反射的に、ラウはキラの体を抱きしめる。同時に、厄介なことになった、と心の中で呟いていた。

「レイ!」
 同じ振動を、シンとレイも感じていた。
「……わからない……」
 この艦のクルーは実戦経験は少ないだろう。だが、だからといってデブリと衝突をするような操船をするほど未熟ではないはずだ。
 では、どうしたというのか。
「だが、何か緊急事態があったと考えるのが無難だろうな」
 レイはこう呟く。
「何かって、何だよ!」
 それに、シンが怒鳴るようにこう問いかけてきた。
「まずい状況なら、すぐにでもキラさんを避難させないと……」
「そうだが……残念だが、今はそれを確認することは難しいだろうな」
 ため息とともにレイは言い返す。
「なんでだよ!」
「そんな余裕のあるクルーがいないだろう、と言うことだ」
 自分たちの問いかけに答える暇があるのであれば、現状を打破するために動きたい。そう考えるはずだ。
 そして、それが自分たちの安全にも繋がる。
 そう考えれば、こちらとしても無理を言えるはずがないだろう。レイは、そう主張をする。
「……だったら、どうすればいいんだよ!」
 きっと、キラが不安を感じているはずだ。そういうシンの主張も頷ける。
「とりあえず、キラさん達の所に行くか」
 あちらにしても、自分たちが一カ所に固まっている方が安心できるだろう。そう告げた。
「……だよ、な」
 その方がいいよな、とシンも頷いてみせる。
「ギルの端末にメールをしておけば、直接伝えなくても大丈夫だろう」
 こう言いながら、レイは端末を取り上げた。そして、メールの文章を打ち込んでいく。
「頼む」
 そんな彼の耳に、シンの言葉が届いていた。