センサーに異常を感じた。しかし、それはすぐに消える。
「不具合だろうか」
 きっとそうだろう。
 ただでさえ、先日のことで仕事が山積みなのだ。だから、とヘリオポリスの監視員は、その事実を見なかったことにした。

 それが戦闘開始の火種になるとは、その時は誰も知らなかった。

 ヘリオポリスから焦りまくった通信が届いた。
 モニターには疲れを隠せないホムラの姿がある。しかし、それを気遣うよりももっと気にかかることがあった。
「……ユウナ・ロマが?」
 ムウの問いかけに、ホムラはため息と共に頷いてみせる。
『救命ポットや脱出艇に関してはきちんと監視をしていたのだがね』
 まさか、学生が作っていた遊技用の小型艇を奪って逃げ出すとは思ってもいなかった。彼はそう続ける。
「……それって、あれか……」
 以前、キラから聞いてテストをさせて貰ったことがあるが……とカナードは呟く。
 もちろん、違う可能性もある。
 だが、個人的にはあれであって欲しいと思う。
「知っているのか?」
 興味津々という様子でギナが問いかけてくる。
「あのバカが奪ったものかどうかはわかりませんが」
 そう前置きをしてカナードは説明を開始した。
「ジェットスキーというのがありますよね? あれの宇宙バージョンだと思えばいいです」
 ほぼ生身状態――と言っても、きちんとノーマルスーツは身に纏っているが――で宇宙空間を疾走するスリルを楽しむための機体だ。ハンドルと前面を覆うフード、それに推進部しかない。もちろん、デブリを排除するための装置はきちんと積まれている。
 カナードが興味を持ったのはその装置だ。
 それがあれば、生身で目的地に侵入するのが簡単になるのではないか。そう考えたのだ。
 しかし、と彼は笑う。
「なかなか楽しかったですよ」
 あのスリルを楽しめるのであれば、と言えばギナもまた興味を示したようだ。
「……今度、キラに頼んでみるか」
 あの子から、その学生達に連絡を取って貰えばいい。そうすれば、自分もそれを体験することが出来るだろう。
「満足できるようなら、援助をしてやっても構わないだろうしな」
 この言葉を耳にして、ロンド・ミナが小さな笑いを漏らしている。しかし、制止の言葉が飛んでこないと言うことは、ギナの言葉を認めているのか。それとも、おもちゃを与えておけば大人しいと判断してのことだろうか。
 おそらく、後者だろうな……とカナードは判断をする。
「しかし、そんなので逃げ出して……あいつがどこに行けるんだ?」
 ふっと、ギナがこんなセリフを口にした。
「俺たちなら楽しめるだろうが、あいつに出来るのか?」
 さらにこう言葉を重ねる。
「無理だと思いますが?」
 ゲームやシミュレーションであれば、失敗をしてもリセットしてやり直すことが出来る。
 しかし、今回のことは現実だ。失敗すれば支払うのは自分の命だと言っていい。
「あのバカに、そんな度胸なんてあるはずがない」
 きっぱりと言い切れば、ギナが笑いを漏らす。
「そう。あいつには無理だ」
 と言うことは、そこいらに落ちていると言うことか……と彼は続ける。
「拾いに行かないと、ダメですか?」
 できれば、そのまま放っておきたい。言外にそう告げる。
「俺としてもそのまま破棄しておきたいところだが、まずい連中に拾われても厄介だ」
 そうなるくらいなら、撃ち落としたい。ギナはためらうことなくこう言い切った。
「それは俺も同じですけどね。そのせいでウトナに自暴自棄になられても困る」
 あれでも、一応父親らしくあのバカ息子を溺愛しているらしいのだ。その溺愛の対象を失ったらどうするか。
「……まったく……なら、箱の中に閉じ込めておけ」
 そうすれば、誰もが幸せだろうに……と彼は吐き捨てる。
「無理でしょう、あのバカは自分が何でも出来ると思いこんでいますから」
 だからこそ、今回のことも計画をしたのだろう。あるいは、キラを奪って自分の鼻を明かしたいと思っていたのか。だとするなら、許す気にはなれないが。心の中でそう付け加える。
「……とりあえず、拾っておきますよ。その後のことは、こっちに任せて頂いていいですね?」
 そんな彼等の耳に、ムウの思いきり不本意な声が届く。
『もちろんだよ。何なら、梱包して本土に送り返してくれてもいい』
 その言葉に、カナードだけではなくその場にいた者達が意味ありげな笑みを浮かべる。もちろん、それは実行に移させて頂く予定だ。
「では、あちらとの折衝はお任せします」
 こう言ったのはロンド・ミナだ。
『わかっている。代わりに、プラント側との折衝は任せてもかまわないね?』
 即座にホムラが聞き返してくる。
「もちろんです。しっかりとつけは払って頂きましょう」
 言葉とともに、綺麗に紅が塗られた唇を持ち上げるミナは、壮絶な美しさを感じさせる。だが、それが怒りの表れだと言うことを自分たちはわかっていた。
「では、また後で」
 言葉とともに連絡を終える。
「と言うことで、俺はあれを拾いに行ってくる。すまないが、あれを借りていいか?」
 この前、モルゲンレーテからテストを頼まれた機体を、とムウはミナに問いかけた。
「あれなら、堂々と見られても構わないだろう?」
 さらにこう付け加える。
「そういうことなら、ソウキス達も貸し出そう」
 それならば、カナードが側にいなくても大丈夫だろうからな、と彼女は言い返す。
「……本当にあの二人は、お互いのことがわかっているな」
「まったく……面白くない」
 それは何を意味しているのか。ギナの言葉からは判断が出来ない。
「しかし、ムウだからな。妥協してやろう」
 この言葉に、苦笑を浮かべるしかできないカナードだった。