「よう」
 ハッチから抜け出した瞬間、顔見知りの相手が合図を送ってくる。
「お久しぶりですね、ラスティ」
 こう口にしながら、ニコルは彼の方へと行方を変更した。
「お前も元気そうで何よりだ」
 にやり、と笑いながらラスティが言葉を返してくる。それはいつも見ていた表情と同じだ。
「僕はそんなにくそうするポジションにいませんから」
 一番苦労しているのは、間違いなくディアッカだろう。そう付け加える。
「否定できないな、それは。あいつのお守りなんて、俺はごめんだね」
 あっちのお守りだって重荷なのに、と彼はわざとらしいため息をついてみせた。
「あははは。今頃、ミゲルが胃を壊していそうですね」
 特に、今回のことが伝わった後では……とニコルは声を潜めながら付け加える。
「……そうなのか?」
 真顔でラスティは聞き返してきた。
 それも無理はないだろう。彼は、月にいた頃の自分たちを知らないのだ。
「ここに、キラさんがいますから」
 誰が彼女の隣にいるか。それでいつも大げんかになっていた。同性の強みでラクスが必ず片側をキープしていたからこそ、余計にである。それに、彼女には怖い兄たちが付いていたし、とも心の中で付け加えた。
 あぁ、だからかもしれない。
 自分たちがそれぞれの得意分野を伸ばすようになったのは……と今更ながらニコルは思い当たる。
 自分たちがそれぞれの分野で認められたときは、堂々とキラの隣を確保することが出来た。そういうときは、カナードも文句を言わなかったのだ。
「……キラ、ちゃんか」
 ふっと表情を和らげるとラスティは呟く。
「あの怖いオニーサンが付いていなければ、ここでお近づきになったんだが……」
 あのお兄さんがいるのでは、手順を踏まないと殺されそうだからな……と彼は続ける。
「何よりも、ラクス様が怖い」
 下手にキラに手を出すと、と彼はさらに声を潜めて付け加えた。
「心配しないでください」
 にっこりと微笑みながら、ニコルは言葉を返す。
「その前に、僕が背中から撃ち落とさせて頂きます」
 いや、自分でなくても他の三人がするかもしてない。そう続けた。
「……お前が言うと、冗談に聞こえねぇよな」
 いくらなんでも、とラスティは受け流そうとする。しかし、その額に冷や汗が浮かんでいることにニコルは気付いていた。
「本気ですから」
 しっかりと釘を刺しておいた方がいいだろう。そう判断をして、さらに付け加える。
「……肝に銘じておくよ……」
 キラには冗談でちょっかいを出したりしません、と言いながら、彼は小さく震えていた。その反応は何なのだろうか。
 自分やラクスよりももっと怖い存在がいると教えた方がいいかもしれない。
 しかし、それではキラの交友範囲を狭めてしまわないだろうか。
「ところで、どなたがキラさんと一緒なのですか?」
 代わりに、こう問いかける。
「どなたって……」
「キラさんにはお兄さんが三人いらっしゃるんですよ」
 その人によって、対処を変えた方がいいので……とニコルはさらりと流す。この言葉でどれだけ彼が状況を把握するのか。それを見たかったと言うこともある。
「なるほど」
 そんなニコルの気持ちに気付いているのかいないのか。ラスティは納得と言った表情で頷いている。
「その三人の中で、あの人が一番、穏やかなのかな? 表面上は」
 この呟きで、誰が今、キラの側にいるのか想像が付いた。
 同時に、ラスティの人間観察能力は流石だと思う。
「で、どなたなんです?」
 それでも、この数年の間に性格が変わっている可能性は否定できない。
 何よりも、彼等の場合『キラを守る』という一点に関しては自分たちの比ではないのだ。そのためなら、単独で地球軍に攻撃を加えることも厭わないだろう。
 それを含めて、自分は彼等を尊敬している。
 それでも、相性というものがあるのだ。
「……ラウ・ラ・フラガさんだよ」
 確か、とラスティは口にした。
「そうですか」
 よかった、とこっそりと付け加える。彼であれば、一番、付き合いやすい。
 ならば、とニコルは心の中で付け加えた。後の問題は、どうやって彼と接触をするか、だ。
「後で、案内をしてくださいね」
 時間もないし、と考えて一番無難な方法を選択する。
「ばれないように、な」
 即座にラスティはこう言い返す。そんな彼にニコルは頷き返した。