薬が効いているのだろうか。
 ベッドの上でキラは静かに寝息を立てている。
「明日の朝まで起きなければいいのだが」
 その間に、自分は自分でやるべきことをしておこう。それらは、キラが起きていれば、間違いなく自分がするであろうという内容だ。だから、目覚める前に全てを終わらせてしまわなければいけない。
「でないと、また無理をするからね」
 それに、と彼は続ける。
「これからすることは、裏技中の裏技だから、覚えて欲しくない」
 そんなことをしなくても、キラの技量であれば十分に可能ではあるし。こんな汚い方法は覚えなくていい。
 心の中でそう呟いている間も、彼の指はキーボードを叩いていた。
「……さほど、重要度は高くないとは思うが……」
 それでもそれなりのセキュリティはかけられているはずだ。
 自分たちのようなイレギュラーな存在には決してみられないようにしているはず。
 だが、サブシステムは既に自分たちの支配下にある。
 だから、それを見つけるのは難しくはない。難しいのは、同時に複数の作業を行っているからだ。
「あぁ、あった」
 これで艦内の様子がわかるね……とラウは安堵の表情を浮かべた。
「後は……管制システムか……」
 とりあえず、自分たちが逃げ出すときに止められなければそれでいい。
 その程度なら、自分が作ったウィルスでも大丈夫だろう。一度だけ使えればいいのだ。
「使わずにすめばいいのだがね」
 だが、それは無理だろうな。そうラウは考えている。彼等に自分たちを帰す気持ちがあるなら、もっと早くにあちらに連絡を入れていたはずだ……と心の中で付け加えた。
 しかし、その理由が自分に対する嫌がらせとキラを手に入れることのどちらにあるのか。
 前者であればまだいい。
 だが、後者であれば思い切り厄介だ。
 そして、と彼は顔をしかめた。間違いなく、あの男の狙いは後者だと思える。
「もっとも、彼等は純粋に《好意》でキラの側にいたいと思っているようだがね」
 キラもそれを感じ取っているから、無碍には出来ないのだろう。とりあえず、顔を見に来ても追い出すようなことはない。
 でなければ、無条件で排除している。
 そう心の中で付け加えたときだ。
「……これは……」
 ラウは目的ではないが厄介な情報を見つけてしまった。
「あちらも、どうしてもあれのデーターが欲しいと見える」
 それとも、プラントのトップを消して、世界を混乱に陥れようとしているのだろうか。
 そのどちらが正しいのかはデーターが少なくて判断できない。しかし、どちらにしてもこの艦が攻撃対象に含まれていることは否定できないだろう。
「……どうやら、こちらに増援も向かっているようだが……」
 どこまであてにできるか。
「まさか、とは思いたいがね」
 自分が手を出すのをあてにしているわけではないだろうが。しかし、あの男であれば可能性を否定できない。
「こうなるとわかっていれば、あの時、絶対に手を出さなかったものを」
 もっとも、今更そういっても遅いが。
 そんなことを考えながらさらに見つけたデーターへと目を通していく。
 次第に、彼の顔に人の悪いとしか言いようがない笑みが浮かんでいった。
「これはこれは」
 僥倖だ、と言うべきなのか。それとも、と彼は呟く。
「これも、彼女の采配なのかね」
 だとするならば、恐い人だ……とそう続けた。
「まぁ、キラのためなのだろうね」
 だから、彼女が自分たちの敵に回ることはない。その事実だけでも、今の自分たちにはありがたいとしか言いようがない。
「問題は、どうやって接触をするかだね」
 自分たちの関係は、出来るだけ内緒にしておいた方がいいだろう。
「こうなると……彼を頼るしかないのか」
 この艦の中で確実にラクスと知り合いだという青年の顔を思い浮かべながらラウは呟く。
 できれば、巻き込みたくなかったのだが、この状況ではそうも言っていられないだろう。だから、とラウはため息をつく。
「本当に……放っておいてくれればよかったものを」
 そうすれば、自分たちは静かに暮らしていたのに。
「ともかく、キラだけは安全な場所で普通に暮らせるようにしてやりたいからね」
 努力をするしかないか。
「……これに関しては、また後で考えよう」
 今は、当初の目的を完遂しよう。そう呟くと、彼はまた作業へと戻った。