何とか、始業前にキラはラボに飛び込んだ。
「遅いぞ、キラ」
 即座にトールがこう言ってくる。
「ごめん。ちょっと、夕べ、寝るのが遅くなっちゃって」
 教授の宿題が終わらなくて、と苦笑と共に言い返した。
「あの、データー整理か」
 あれだけは手伝えない、とトールはため息をつく。このラボの中で、あれが出来るのはキラだけだ。教授だって自分で出来ないから丸投げしているんだよなぁ、と彼は続ける。
「もう少し時間があれば、話は別なんだろうけど」
 だが、カトーが出してくるスケジュールはいつもタイトだ。だから、必然的にキラの負担が増えてしまうことになる。
「だよなぁ……」
 おかげで、ミリアリアの機嫌も悪い……といいながら、トールはキラに椅子を勧めてきた。
「……トール?」
「サイとカズイは機材運び。ミリィは資料を取りに行っている。って言うわけで、少しゆっくりしていろよ」
 コーヒーを持ってきてやるから、と彼は続ける。
「それはいいけど……教授に昨日の分を提出しないと……」
 でなければ、今日の作業に書かれないのではないか。最悪、家に帰れないことになってしまう。キラはそう主張をする。
「午前中は作業にならないと思うな」
 しかし、トールはのんびりとした口調でこう言い返してきた。
「……何で?」
「お客さんが来ている、教授のとこ」
 だから、サイ達は機材運びで、ミリアリアは資料を取りに行っているんだ……と彼は意味ありげに笑ってみせる。
「……ひょっとして、あれ?」
「そう、あれ」
 カトーから教えられたあれこれを使って、自分たちだけで設計していたものをここで実験的に組み立ててみようと言うことになっていたらしい。
「そのために、廃棄になった機材の中から、使えそうなのをより分けておいたんだし」
 準備は万端、とトールは笑う。
「……で、どうしてトールが居残り?」
 ミリアリアが残っているべきではないのか、とキラは首をかしげた。
「……さっき、ちょーっとやけどしちゃってさ」
 ミリアリアが気を利かせてくれたのだ、とトールが少し恥ずかしそうに告げる。
「大丈夫なの?」
 ケガ、とキラは問いかけた。
「まぁ。そんなに酷くないからさ。ただ、何かに触れると痛いだけで」
 一週間もしないうちに治ると思う、と彼は笑う。
「なら、いいけど……気をつけないと」
 そのうち、もっと大きなケガをすることになりかねない。キラは顔をしかめるとそう告げた。
「わかってるよ」
 そんなことをして、みんなを悲しませるようなことはしない……とトールは頷いてみせる。
「それよりも、俺としてはキラの方が心配なんだけど」
「僕?」
 何で、とキラは首をかしげて見せた。
「睡眠時間、ろくに取れてないんじゃないのか?」
 そっちの方が不安だ、と言いながら、彼はキラを指さしてくる。
「ばっちり寝癖付いているし」
 この言葉に、キラは慌てて自分の髪に手をやった。
「嘘!」
「本当だって」
 よかったな、フレイに見つからなくて……と言われて、思わず肩を落とす。
「兄さんも、教えてくれればいいのに……」
 そうすれば、きちんと直してきたのに……とそうも付け加える。
「あのお兄さん達だろう? 寝癖も可愛いとかいいそうじゃん」
 笑いながら口にされて、キラは本気で頭を抱えたくなった。彼等であれば、実際にそういいかねないのだ。
「……ともかく、直してくるよ」
 ミリアリアに見つかっても、絶対に何か言われそうだ。そういいながら、キラは立ち上がる。
「ゆっくりとしてきてもいいからな」
 きちんと直して来いよ、とトールが声をかけてきた。
「わかっているよ」
 こんな恥ずかしい恰好で歩けるか! と言い返すと、キラはそのまま部屋を出て行こうとする。しかし、ドアの前で足を止めた。
「コーヒーはそのままにしておいてね」
 そして、こう言い返す。
「りょーかい」
 猫舌だもんな、キラは……と言うトールのセリフを背に、今度こそキラはドアをくぐった。