「ちょっと、君の様子が気になってね」
 こう言いながら、ドクターがやってきたのはつい先ほどのことだ。
「……そこまで気にかけて頂かなくても……」
 彼だって忙しいだろうに。何よりも、自分は大丈夫だと思うから、とキラは相手に言い返す。
「それを判断するのは私の仕事だよ」
 しかし、彼はこう言って微笑み返してくる。
「それに、忙しい忙しくないは関係ないからね。君は民間人で、しかも女性だ。しかも、まだ十代の。そう考えれば、軍人で既に三十代の私から見れば、守るべき相手の中でも優先順位が高い」
 君の兄君なら、少し放っておくかもしれないけどね……と彼は苦笑と共に付け加えた。
「もっとも、それは君を診察して、議長の養い子達を診察してから、と言うぐらいかな?」
 最高評議会議長であるデュランダルよりも、キラやシン、レイの方が優先度が高い。それは、デュランダルが自分で対処できるだけの知識を持っているからだ。
 ラウの優先順位が低い理由も同じ事だ、と彼は微笑む。
「そういうことだからね。大人しく診察させてくれるかな?」
 ここまで言われては逆らえない。
「……はい……」
 渋々ながら、頷いてみせる。
「素直なことはいいことだね」
 満足そうに頷きながら、ドクターは手早くキラの腕に端末を取り付けていく。その光景を、ラウは苦笑と共に見つめている。
「私は、席を外した方がいいかな?」
 だが、キラの手が胸元にかかったところでラウがこう問いかけてきた。
「別に、兄さんなら気にしないよ」
 ムウならともかく……と言い返せば、彼は苦笑を浮かべる。しかし、それはすぐに渋面へと変わった。
「そうか……」
 そのまま、低い声で言葉を綴り出す。
「あの男は、君に対してもそういう視線を向けていたのか」
 これは戻ったら、それ相応の対処をしなければいけないだろうね……とさらに続けた彼に、キラは言ってはいけないことを言ってしまったのだろうかと悩む。
「あぁ、動かないようにね?」
 センサーが落ちてしまうからね、と付け加えられて、キラはとりあえず考えることを中断した。

 そのころ、ブリッジではほっとした空気が流れていた。
「議長?」
 先に報告を受けたグラディスが視線を向けてくる。
「何かな?」
「とりあえず、アマルフィ隊と連絡が付きました。こちらに向かっているそうです」
 後十五時間以内に合流が出来るでしょう。そう彼女は続ける。
「そうか」
 それは朗報だね、とデュランダルも頷く。
 隊長の年齢で言えばグラディスの方が上だ。しかし、経験という意味ではあちらの方が長い。
 そう考えれば、心強いと言っていいだろう。
 問題があるとすれば、合流までの時間だろうか。
「それと」
 まるで、そんなデュランダルの気持ちを読み取ったかのようにグラディスが口を開く。
「アマノトリフネから連絡が入っています。会談の予定をどうするのか。回答が欲しいとのことです」
 元々の目的はそれだ。
 それを無視してプラントに帰るにしてもきちんとした理由が必要だろう。何よりも、この状況では下手に動く方が危ない。
「……さて、どうしたものかな」
 サハクと連絡を取らなければいけないのは事実。できれば、彼等に協力をして貰いたいこともある。
 だが、その結果、キラを手放さざるを得なくなるのはあまり嬉しくない。
 もちろん、彼女は自分の所有物ではないことはわかっている。だが、彼女の存在を手に入れることができれば、様々な意味でプラントはさらに発展できるだろう。
 それがわかっているからこそ、彼女の存在をあえてあちらには伝えていなかったのだ。
 しかし、それも難しくなってきている。
「できれば、あの二人ともう少し親しくなってくれればよかったのだがね」
 現状でもかなり親しくしているのではないか。少なくとも、彼等が訪ねていって拒まれることはないらしい。
 それでも、まだまだ《友人》のポジションを越えていない。
「本当、もどかしいね」
 純情と言うべきなのかもしれないが、それでももう一押しすればいいものをと思ってしまうことも事実だ。
「これはやはり、女性との出会いの場が少ないからかな?」
 どう思う? とグラディスに問いかける。
「残念ですが、自分にはわかりかねますわ」
 小さなため息とともに彼女はこう言い返してきた。
「だろうね」
 本当に困った問題だ、とデュランダルはため息をつく。そんな彼に、グラディスが冷たい視線を投げつけてきていた。