「失礼」
 言葉とともにドアが開く。しかし、そこにいたのは見知らぬ相手だ。その事実に、キラの表情が強ばる。
「どなたかな?」
 こう言い返しながらも、ラウはキラを彼の視線から隠すような場所へと移動をした。その様子に相手は苦笑を深める。
「歌姫のディスクをそちらのお嬢さんが聞きたいって言っていた……と聞いたんだけど」
 そのままの表情で彼はこういった。
「……歌姫って、ラクス?」
 反射的にこう聞き返してしまったのは、彼女の歌を聴きたいと思っていたからだろうか。
「あたり」
 コピーがあるけど、と彼は微笑みをやさしいものへと返る。
「どうする?」
 この問いかけにキラは兄の顔を見上げた。聞きたいのは山々だが、彼の許可がなければ知らない相手からのディスクは受け取れない。これがシンかレイが持ってきたものであれば、ここまで警戒しないのだけれども、とそんなことも考えてしまう。
「お借りしよう」
 そんなキラの視線を受けて、ラウはこう告げる。
「いいよ。プレゼントするって」
 コピーだし……と彼は笑う。
「それに……渡さなかったってばれたら、俺が怒られる」
 この言葉に、キラよりもラウの方が先に反応を示した。
「誰に、と聞いても構わないかね?」
 微かにその声に緊張が滲んでいる。それは、いったいどうしてなのだろうか、とキラは思う。
「そりゃ、うちの可愛い後輩達に、ですよ」
 流石に、あそこまでビッグネームが並んでいると、誰も逆らえないだろう。彼は苦笑と共にこう言ってくる。
「そういえば、そっちのお嬢さんとも顔見知りなんだって?」
 この言葉に、キラの肩から力が抜けた。それはラウも同じだったらしい。
「では、ありがたくいただこう」
 あちらにもお礼を言わないといけないかな? と彼は意味ありげに付け加える。
「……全部が終わってからでいいんじゃねぇ、と思うけど?」
 下手に動くと、自分の存在に気付かれるから……と彼は続けた。
「まぁ、ご希望があるなら、俺からメールを送っておくけど?」
 そちらからの伝言を添付する形式なら、自分は中身を見なくても大丈夫だろう。
 確かに中身を見られるのはいやだが……しかし、とキラは悩む。そんなことをして、彼は大丈夫なのだろうか。
「……そこまでお手数をかけるのは……」
 キラはそう告げる。
「大丈夫。大丈夫。それに関しては、後でアスランかイザークにおごらせるから」
 けろっとした口調で告げられた言葉にキラはますます目を丸くした。
「それにしても……こんな美人さんが乗艦しているなんて、議長も艦長も教えてくれなかったしな」
 にやりと笑いながら彼はさらに言葉を重ねる。
「そうなのかね?」
「えぇ。俺も、厨房の知り合いから聞き出しましたから」
 でなければ、歌姫におしおきされるところだった。そうも彼は告げる。
「……ラクスがそんなことを?」
 カガリなら納得だけど、とキラは小首をかしげた。
「お前が関わっているなら、するかもしれないな」
 しかし、ラウはあっさりとそれを認める。
「……兄さん?」
「彼女はお前が関わっていると、アスラン・ザラ達であろうと平然と殴り飛ばしていたぞ」
 もっとも、キラに気付かれないように細心の注意を払っての行動だったようだがと、とラウは続けた。しかも、それに一時期はカガリも協力をしていたから、誰もかなわなかったようだね……と微笑みながらさらに言葉を重ねられてしまう。
「信じられない」
 キラは何と言っていいのかわからないまま、こう呟く。
「そうかな? お前の回りにはそういう女性陣が多いようだが?」
 しかし、ラウはあっさりとこう言ってくれた。
「ともかく……君がここにいることを他の誰かに見られるのはあまりよくないね」
 否定できないけど、と呟くキラを無視して、ラウは彼に言葉を返す。
「まぁ、そのあたりは適当にタイミングを見計らって顔を出させて貰いますよ」
 あちらとしても、キラ達の無事は気になっているらしい。そう彼は告げる。
「そうしてくれるとありがたいね」
 当然のようにラウはそれを受け入れた。
 彼が信用できると判断したのであれば大丈夫なのだろう。キラはそう考える。
「では」
 この言葉とともに男は部屋から出て行こうときびすを返す。
「あぁ、そうだ」
 ふっと思いついたというようにラウは彼を呼び止めた。
「君の名前を聞いていなかったね」
 教えてもらえるかな? と付け加えれば、彼はにやりと笑う。
「ラスティ、ですよ。ラスティ・マッケンジー」
「覚えておこう」
 ラウが頷くと同時に、彼は今度こそドアの向こうへと姿を消した。