「あらあら」
 そのメールを見て、ラクスは小さな笑いを漏らす。
「やはり、キラはそこにいましたのね」
 ラウも一緒、と言う事実にほっと胸をなで下ろす。彼が一緒であれば、キラは無理をすることはないだろう。
「ですが……」
 表情を引き締めると彼女はさらに言葉を重ねる。
「あの環境が、キラにとってよいとは言い切れませんわね」
 むしろ、彼女にとってはマイナスだろう。
「軍艦の内部の雰囲気は、わたくしも好きになれませんもの」
 自分は立場上、最大限の気遣いを受ける。それでも、だ。
 まして、キラはそのような立場にはない。そう考えれば、彼女の精神がどれだけ疲弊しているか、想像に難くない。
 ラウが側にいても、それだけで完全にぬぐい去れるものではないだろう。
「わたくしがその場にいれば……」
 いくらでも彼女のために盾になれるのに。
 しかし、これだけ距離があっては不可能だ。
「……あの方が、あちらにいるだけ、ましなのでしょうか」
 それでも、相手にしても自由に動けるわけではない。
「本当……デュランダル議長は何を考えておいでなのか」
 ともかく、自分で出来ることはないか。それを考えよう。ラクスはこう呟きながらメールの画面を消した。

 大人しくしていろと言われても、出来るはずがないだろう。
 こう考えながら、カガリは必死にキーボードを叩いていた。
「……こうなるんだったら、もっと真面目に勉強しておくんだったか……」
 だが、これに関してはキラの方が才能があった。そして、キラが自分の補佐に付いてくれることは決まり切った未来だ、と信じていたのだ。
 だから、自分はキラが絶対に手を出せない部分を伸ばそうと思っていた。
 しかし、それは間違っていたのだろうか。
「……キラ……」
 こう言うときに、自分は無力だ。
 いや、それもこれも、自分がこの手のことから逃げていたから、だろうか。
「私は……」
 それでも許されるのだと信じていた。
 しかし、それは間違っていたようだ……とカガリは心の中で呟く。自分が許されているのは《アスハ》の名があったからなのだ。
「何も見えていなかったのか」
 それとも、見ようとしてこなかったのか……と呟きながら唇を噛む。
 同時に、そんな自分が恥ずかしいと思う。
「……でも、いや、それだからこそ、今は自分の出来ることをするだけだ」
 キラを助けるためにムウやカナード達が動いている。それならば、自分は《アスハ》の名を使ってそれをバックアップするしかない。
「と言っても、私一人では何も出来ないが……」
 それが悔しい。
 それでも、今の自分が何とかしなければいけないのだ。
「とりあえず、セイランの動きを封じておければ……」
 それだけでもムウ達が動きやすくなるはず。
「……こうなると、ラクスから貰っておいたあのデーターを使うしかないか」
 できれば、まだ使わずに置きたかった。
 しかし、キラの安全を確保する以上に重要なことはない。だから、とカガリは唇を引き締める。
「あのバカの失敗の証拠なんて、いくらでも集められるだろうからな」
 この言葉とともに、カガリは早速作業を開始する。もっとも、彼女のキーを叩く指の動きは決して滑らかとは言えなかったが。

「……兄さん……それにお二方」
 どこかにハッキングを仕掛けていたらしいカナードが表情を強ばらせながら呼びかけた。
「何だ?」
 また何か見つけたのか? といいながら、ムウが手元をのぞき込んでくる。
「……地球軍が、本格的に動き出しました」
 一個艦隊がこちらに向かっているらしい。そういいながら、カナードは彼にモニターが見えるように体の向きを変える。
「ふん……転んでもただでは起きないか」
 本当に、と忌々しそうに付け加えたのはロンド・ギナだ。
「本土に何か連絡が来ていないかどうか、確認した方がいいだろうな」
 あるいは、どこかのバカが招き入れたのかもしれぬ、とロンド・ミナもまた動き出す。
「そうなる前に、ラウとキラを連れ戻せればいいんだが……」
 難しいか……とムウが呟く。
「兄さん……」
「諦めているわけではない。むしろ……戦闘のどさくさを狙うと確実か、と思っているだけだ」
 その方が、あちらも動きを制限されるだろうからな……と彼は付け加える。
「もっとも……そうなったらなったで、お前に負担をかけることになるだろうがな」
 実際に、キラ達を迎えに行く役目はカナードに頼まなければいけないだろう。悔しげにムウは口にした。
「しかし、それもムウ兄さんがバックアップに回ってくれるからです」
 的確なフォローが得られるとわかっているから、とカナードは言い返す。
「そんなに気を遣わなくてもいいんだぞ」
 まぁ、そういってもらえて嬉しいがな……と彼は笑う。
「と言うことで、本気であちらの情報を探さないとな」
 艦内の見取り図が欲しいか……とムウは表情を引き締めながら口にする。
「それなら、ラクス・クライン経由で届いています」
 報告していなかっただろうか。そう思いながら、カナードは告げた。
「お前、な」
 頼むから、とムウが肩を落とす。
「すみません。カガリのことで慌てていたようです」
 事実ではないが、とりあえずこう言い返せば、ムウは「しかたがないな」と苦笑を浮かべた。