キラの口の中に卵色のプリンが消えていく様子を、シンはドキドキしながら見つめていた。
 それは、彼女の唇の動きが気になるからだけではない。もちろん、その唇にふれてみたいと思う気持ちも嘘ではないのだが。
「うん、おいしい」
 ふわりと微笑みながらキラは言葉を口にする。
「よかったです」
 安心したようにシンはこう呟く。
「ココアもおいしいよ」
 レイに気を遣ったのか。キラはそうも付け加えた。
「お口にあってよかったです」
 レイが珍しいくらい柔らかな微笑みと共に言葉を返している。そうしていると、普段は作り物めいた彼の姿が途端に人間らしくなるな、とシンは心の中だけで付け加えた。
「言ってくださればいつでも作ります」
 それでも、親友のこんな姿はいやではない。
 むしろ好ましいと思える。
 同時に、自分もそんな彼に負けていられるか……と言う気持ちにもなった。
「俺も、キラさんが食べたいって言うなら、いくらでも作ります。プリンだけじゃなくて、ムースとかゼリーも!」
 もちろん、キラの方が料理が上手かもしれないが……とそう付け加えたのは、ゼミでご相伴にあずかったキラ手作りのお菓子を思い出したからだ。
「……でも、自分で作ると『こんなもんだよね』って気持ちになるもん」
 味が事前にわかっているから……とキラはため息をつく。
「そういわれれば、そうですよね」
「自分で作った物は、その前に味見もするし」
 味がわかっていれば、どれだけおいしくても楽しめないか……ととりあえずその場にいた者達は納得をする。
「それに……僕のために、あんまり無理を言ってもらうのも、悪いし……」
 ぽつりと呟かれた言葉はしっかりとシンの耳にも届いてしまう。
「そんなことないです!」
 好きな人のためにする苦労は苦労じゃない! とシンは叫ぶ。
「そうですよ! キラさんのワガママなら、いくらでも叶えて見せます!」
 その程度ぐらい、ギルを脅迫してでも……と付け加えるあたり、レイもかなり焦っていたのではないだろうか。
「……でも……無理をすると、二人の立場が危ないでしょ?」
 だから、いい。キラは少し哀しげな笑みを作ってこう告げる。
「……キラさん……」
 彼女は正確に自分たちが置かれている状況を知っているのだろう。それでも、無理を通したいと思う気持ちは嘘ではない。
「大丈夫です。俺たちに出来ることなんて、本当に少ししかないから」
 ここでは、とシンは言い返す。
「そうですね。何でも叶えて差し上げたいのですが……せいぜい、キッチンを占拠して材料を奪う程度の権限しかありません」
 それも、デュランダルが二人の言葉に笑いながら許可を出してくれたからだ。その事実が少しだけ悔しいと思ってはいけないのだろうか。
「だそうだよ、キラ。少なくとも、食べたいものに関してぐらいはワガママを言ってやりなさい」
 その位叶えられなければ、男ではないからね……とラウが言ってくれたのは、応援してくれていると考えていいのだろうか。それとも別の思惑からか。
「……でも……ご飯なら、兄さんの作ってくれたご飯が食べたい……」
 その答えを探すよりも、キラのこの言葉の方にショックを感じてしまう。
「キラさん……」
「だって……小さな頃から、兄さんのご飯、食べてたんだもん」
 ラクスやアスラン達も、兄さんのご飯はおいしいって言っていたし……と付け加えられた言葉に、別の意味で驚愕を隠せない。
「ラクスって……ひょっとして、ラクス・クラインですか?」
 あの、とシンは問いかける。
「アスランとはアスラン・ザラのことでしょうか」
 レイもまたこう問いかけの言葉を口にした。
「そうだよ。月にいた頃に、一緒に遊んだの」
「キラの幼なじみ達だね、彼等は。他にもイザーク・ジュールとディアッカエルスマン、それにニコル・アマルフィがいたか?」
 何か、とんでもない名前を連呼されたような気がするのは自分の錯覚だろうか。シンは呆然と心の中で呟く。
「うん。おじさま達にも色々なことを教えて貰ったの」
 ニコニコと、キラは微笑みながらさらに追い打ちをかけてくれた。
「そういえば、ラクスは歌姫になったって言っていたけど……本当なの?」
 首をかしげながら小首をかしげながら問いかけてくる。
「キラさんが言っているのが俺たちの知っている《ラクス・クライン》なら、本当です」
 凄く素敵な歌を歌っています、とシンは言い返した。
「……ラクス・クラインのディスクなら、誰か持っていると思いますけど……」
 この言葉を耳にした瞬間、キラの表情がかがやく。
「コピーして貰おうか」
「そうだな」
 それがいいか、とレイも頷いてくれる。
 後は、誰が持っているか。それを探さないといけないだろうな……とシンは貸してくれそうな相手の顔を思い浮かべていた。