「キラさん!」
 端末から室内に呼びかける。
『開いているよ。入ってきたまえ』
 しかし、言葉を返してきたのは彼女ではない。ラウの方だ。だが、それはいつものことだ。だから、と思いながらドアをくぐる。
 しかし、視界の中にキラの姿はない。
「すまないね。キラは今、顔を洗っている」
 そんなレイの仕草に気が付いたのか。ラウが少しも申し訳なさそうではない口調で声をかけてくる。
「今、起きたんですか?」
 しかし、それにはあえて気付かなかったふりをしてこう問いかけた。
「そうではないのだがね……あの子も女の子だ、と言うことだよ」
 流石に、そろそろ精神的な不安定さを取り繕えなくなってきている。そういいたいのだろうか。
「そう、ですか」
 やはり、何とかしなければ行けない。でも、自分たちに何が出来るのだろうか。いくら考えても答えが出ない。
 それでも、キラのために何かをしたいというのは本心だ。
 しかし、と心の中で誰かが囁いてくる。
 本当に、それは《自分自身》の気持ちなのか。誰かに影響されたものではないのか。
 自分は誰かのコピークローンだから。
 それについて、今まで気にしたことはなかった。
 しかし、今は違う。
 それは間違いなく、目の前の相手がいるからだろう。
「……それよりも、何か用かな?」
 そう考えていれば、ラウがこう問いかけてくる。
「キラさんが起きていらっしゃるのでしたら……と思って、ココアを作ってきました。今、シンがプリンを持ってきます」
 保温容器に入れてあるから、しばらくは温かいままだろう……とレイは言葉を返す。その声音には自分の不満は含まれていないはず。
「それは……ありがたいね」
 どちらもキラの好物だ、とラウもまた自分の感情を見せずに言葉を返してくる。
「座っていてくれるかな? 多分、そろそろ出てくると思うが」
 言葉とともにラウは奥に設置されているシャワーブースへと視線を向けた。
 しかし、そこからは何の音も響いてこない。その事実が不安をかき立ててくれる。だが、ラウが動いていない以上、自分が動くわけにはいかないだろう。
 もしかしたら、着替えをしている可能性も――ごく僅かだが――ないとは言えないのだ。
 そんなことを考えながら、レイは言われたとおりに椅子に腰を下ろす。
 次の瞬間、室内に訪れたのは沈黙だ。
 このようなときに何を言えばいいのか。それがよくわからない。
 と言うよりも、自分の側にいた者達の多くは、何も言わなくても察して動いてくれた。でなければ、シンのようにあれこれ自分から話しかけてくれる者か。
 だが、キラはあまり自分からあれこれ話しかけてくるタイプではない。
 それなのに、その側にいるのが心地よかったのはどうしてなのだろうか。
「……そういえば……」
 レイが落ち着いたのを確認したのだろう。ラウが声をかけてくる。
「何でしょうか」
 相手の真意がわからないまま、レイは言葉を返す。
「この艦は、現在、どこに向かっているか、聞いているかな?」
 残念なことに、自分たちにはその情報を伝えられていないのだ。ラウはこう付け加える。
「予定通り、としか聞いていませんが?」
 このくらいであれば話をしても構わないだろう。そう思って、レイはすぐに言葉を返す。
「……そうか」
 それに、彼は複雑そうな表情を作った。
「それが、何か?」
 一抹の不安を感じて、レイはこう聞き返す。
「……とりあえず、こちらのことだからね」
 君には関係ない。そういわれて、内心むっとする。しかし、それを口に出すことは出来ないだろう。仮に出したとしても、彼が答えてくれるはずがない。
 しかし、せめて一矢報いたい……と言う気持ちもある。
 何かを言い返してやりたいのだが、と思ったときだ。
「……兄さん……」
 言葉とともに奥のドアからキラが姿を現した。しかし、レイの姿を見た瞬間、驚いたような表情を作る。
「彼がココアを持ってきてくれたよ」
 しかし、ラウのこの言葉にそれはすぐに霧散した。
 きっと、知らない間に自分がここにいたからだろう。嫌われているわけではないはずだ。
「今、シンも来ます。あいつはキラさんに食べて欲しいと言ってプリンを作っていたので」
 一緒に食べてやってください。そう続ける。
「うん。ありがとう」
 この言葉に、キラはふわりと微笑んでくれた。その表情を見ているだけでほっと出来る。
 その気持ちは自分だけのものだろう。
 レイはそう考えていた。