本当にこの子は……と思いながら、ラウはこっそりとため息をつく。
「もう少し、怠惰でもいいものを」
 それでも、少しでも食べてくれたからいいのだろうか。
「本当に真面目だから」
 ムウの爪のあかでも飲ませれば、少しは力を抜くことを覚えるのだろうか……とそんなことまで考えてしまう。
「まぁ、それは後で考えればいいことか」
 キラがこんな風に無理をしているのは、早々にこの状況から抜け出したいからだろう。
 ならば、自分もただ黙ってみているだけ、と言うことは出来ない。
 そう判断をして、ラウもまた、自分が行うべき作業を再開をする。
 二人がキーボードを叩く音だけが室内に響く。  今の時間は、自分たちの生活パターンから言えば真夜中に当たる。だから、非常事態でなければシンとレイの二人もやってこないだろう。
 だからといって、あまり遅くまで作業をしていれば、明日、異常を感じ取られるかもしれない。何よりも、キラがまた寝込むかもしれない……と、その体調をチェックすることも忘れてはいない。
「……兄さん」
 その時だ。
 不意にキラが手を止めると呼びかけてくる。
「何かな?」
 自分も作業の手を止めると、聞き返す。
「とりあえず、サブシステムには侵入できたけど……この後、どうしよう」
 データーだけ閲覧すればいいのか、それとも、システムの一部のコントロールを乗っ取った方がいいのか。
 どうすればいいか、と彼女は問いかけてくる。
「とりあえず、見せてくれるかな?」
 サブシステムの権限がどれだけあるのか。それを確認したい。ラウはそう告げた。
 この言葉に頷くと、キラは素直にラウに自分のひざの上にあったパソコンを渡す。受け取ったそれのモニターに表れているデーターから、ラウはざっと内容を把握した。
「……とりあえず、侵入経路だけは確保しておいてくれるかな?」 
 それさえあれば、いざというときになんとでも出来る。そう告げれば、キラは小さく頷く。
「それと……そうだね。こちらでも何かを発信することは可能だが……下手に発信すれば、気付かれるね」
 それはあまり嬉しくない。
 さて、どうするか……と考えたところで、すぐにあることを思いつく。
「とりあえず、私の方でも侵入できるようになれれば、ウィルスを仕込めるかな」
「それなら、僕が……」
 ラウの言葉に、キラは即座にこう告げてくる。
「ダメだよ、キラ」
 苦笑と共にそう言い返す。
「兄さん?」
「少しは、私にも見せ場を寄越しなさい」
 出なければ、後でムウとカナード達に何を言われるか、わかったものではない。そう付け加えれば、キラは少しだけ驚いたような表情を作る。だが、すぐに納得をしたというように頷いて見せた。
「でも、その時は僕が無理矢理やったって言うよ?」
 そうすれば、二人だって文句は言わないだろう。キラはそう主張をする。
「だといいがね」
 彼等の場合、キラが見ていないところで文句の一つや二つぐらい、平然と言ってくるだろう。もっとも、自分がそれを気にしなければいいだけのことかもしれない。
「それ以前に、君は体調がよくないのだからね。休みなさい」
 この程度のことは自分でも出来るのだから。そういってラウは微笑んでみせる。
「……さっき、ちゃんと寝たから」
「それでも、まだ、微熱があるだろう?」
 だから、休みなさい。そう続ける。
「彼等に気付かれると、動きにくいからね」
 この言葉に、キラは一瞬考えるかのように首をかしげた。
「……シン君も、レイ君も、味方じゃないんだね……」
 だが、すぐに小さな声でこう呟く。その声の響きが金重なのは、自分の聞き間違いではないだろう。
「……敵でもないが、ね」
 だからこそ、難しいのだ。
 排除すればいい、と言うわけではないし、かといって迂闊に協力も求められない。
 それは、キラにとって辛いことなのだろう。だが、彼等がプラント――デュランダル側の人間である以上、警戒をするしかないのだ。
「難しいが、しかたがない」
 これが彼等であれば、あの男にも堂々と反旗を翻せるのだろうが、とラウは心の中で付け加える。
「ともかく、休みなさい。君が起きたときには、もう少しましな状況になるようにしておくよ」
 その後で、君にはまた協力をして貰おう。ラウはそう続けた。
「約束、だよ?」
 それにキラはそういってくる。
「もちろんだよ」
 こう言葉を返せば、キラは安心したように微笑んで見せた。そのまま、素直にねるための支度を始める。
 それを横目に、ラウは静かにキーボードを叩き始めた。