目が覚めたとき、真っ先に金糸が視界の中に飛び込んできた。
 それがラウの髪の毛だとわかったのは、その間から彼の顔がのぞいていたからだ。
「……にい、さん?」
 どうして、こんなに彼の顔が間近にあるのだろうか。
 しかも、疲れているらしく、目覚める気配がない。
「兄さん……」
 それも、きっと、自分が彼の負担になってしまっているからだろう。だから、もっと強くなりたいと思うのだが、体の方がその願いに付いてきてくれない。
「……どうして、僕は……」
 兄たちに迷惑をかけることしかできないのだろうか。
「もっと、強くならないといけないのに……」
 小さなため息とともに言葉を口にする。
 それがラウの意識を刺激したのだろうか。彼の体が小さく身じろぐ。そして、次の瞬間、あの怜悧な蒼い瞳がまぶたの下から現れた。冷たさすら感じさせるそれはキラの姿を認めた瞬間、優しい光を帯びる。
「目が覚めたようだね」
 そして、ふわりと微笑んだ。
「兄さん、僕……」
 何と声をかけるべきか。キラがそれを悩んでいる間に、彼は身軽な仕草で体を起こす。その瞬間、さらりと流れる金髪が、キラの瞳の中で優美な曲線を描いた。
 しかし、本人はそれを頓着することはない。
 自分や友人達がうらやましいと思っているその豪奢な髪も、彼にとってはあって当然のものなのだろう。それが、女性と男性の意識の違いなのだろうか。
 そんなことに悩んでいる間にも、ラウは自分が行うべき行動を行っていたらしい。
 ラウの手がキラの額に当てられる。
 自分のそれよりも低い体温が心地よい。
「まだ、熱があるね」
 だが、それが発熱のせいだ……とは彼の言葉を耳にするまで思わなかった。
「……兄さん……」
「喉は渇いていないかな?」
 いなかったとしても、飲んだ方がいいね……と口にしながら、彼は手を放す。
「……あっ……」
 その瞬間、ものすごく心細くなってしまう。
「どこにも行かないよ」
 それを察してくれたのだろうか。彼は優しい微笑みと共に言葉を返してきた。
「ごめん、なさい……」
 そんな彼に向かって、キラはついついこう言ってしまう。
「何故、謝るのかな?」
 即座にラウが問いかけてくる。
「だって……僕のせいで、兄さんが、疲れているから……」
 自分がもっとしっかりとしていれば、ラウにこんなに負担をかけなかったのではないか。
「バカだね」
 苦笑を浮かべると、ラウはこういう。
「何度も言っているだろう? 君のことで何かをすることは私たちにとっては苦労でも何でもないのだよ」
 むしろ、頼られていることが嬉しい。そう彼は続けた。
「君が頼ってくれなくなると、それこそ哀しくなるね」
 いずれはそんな日が来るかもしれない、とわかってはいるのだが……と彼はさりげなく言葉を重ねる。
「兄さん!」
「本当のことだろう? もっとも、その前にムウに片づいてもらわないといけないが……」
 でないと、自分たちが恋愛をする余裕が出てこないだろう。そういって彼は笑う。
「あの男のことだ。私たちが女性を連れて行けば、これ幸いと迷惑をかけてくるだろうからな」
 でなければ、自分に乗り換えさせようとするか、だ。その言葉に、キラは思わず首をかしげる。
「だって……ムウ兄さんにはミナ様がいるでしょ?」
 あれだけよく連絡を取り合っているのは、お互いに好意を持っているからではないのか。そうも続けた。
 しかし、ラウは思い切り眉間にしわを寄せている。
「兄さん?」
 ひょっとして、自分は何か間違った認識をしていたのか。そうキラは焦りながらラウに呼びかけた。
「……とりあえず、ムウには言わないでおくべきだね」
 それから、ロンド・ギナにも……と彼はため息をつく。
「ミナ様は笑ってすませるだろうけどね」
 とりあえず、二人はそういう関係ではない。いわば、戦友のような存在だ。そうも続けた。
「……そうなんだ」
 ミナであれば、姉と呼んでもよかったのに……と心の中でキラは付け加える。
「ともかく、水を持ってくるから。飲みなさい」
 今度こそ、彼はこう言って部屋の奥へと歩いていく。
 キラは、そんな彼の姿を黙って見つめていた。