何かが精神に触れていく。
 その感覚に、ラウは覚えがあった。
「……久々だね」
 ここしばらくは、わざと封印をしていた感覚だ。だが、ここに来てからの緊張感で、その封印がとけてしまったらしい。
「煩わしいが……今の状況ではプラスと考えなければいけないね」
 少なくとも、ムウがある程度近くまで来ればわかるだろう。
 しかし、問題がないわけではない。
「やはり、あれの存在も感知できるか」
 と言うことは、間違いなく自分たちと同じ存在だと言えるのではないか。
「……厄介だな、それは」
 だとするならば、あの男が近くまで来れば彼にもわかると言うことだ。自分たちがそれに乗じて抜け出そうとしても察知されてしまうと言うことでもある。
「となると、カナードの方がいいのか?」
 自分たちの中で感知しにくい存在、と言えば彼だ。
 それは、彼の存在が自分たちの中では微妙に違うポジションにいるからだろう。
 自分が生まれ、その結果得られたデーターとカナードによって得られたデーター。
 それを元に生み出されたのがキラである以上、それも当然なのか。だが、逆に言えば、彼は《キラ》だけは見つけられると言うことでもある。
「……キラさえ無事に避難させてしまえば、後はどうにでもなるのだがね」
 しかし、キラは自分と離れようとしないだろう。
 そう考えれば、やはり彼等に見つけてもらう方が確実なのではないか。
「どちらにしても、キラの体調がよくなってくれなければ、辛いか」
 無理はさせたくない。そういいながら、そっと汗で額に張り付いている前髪を指ではらってやる。
 その動きに意識が反応をしたのだろうか。キラがうっすらと瞳を開けた。
 不安そうに、視線が周囲を彷徨っている。
「ここにいるよ」
 自分を探しているのだろうか。そう思って声をかければ、キラの瞳が真っ直ぐにラウをとらえる。
 次の瞬間、本当に安心したというように微笑んで見せた。
 この笑顔を守りたい。
 そう思うようになったのはいつからだっただろうか。もう、思い出せないほど古い記憶なのかもしれない。
 あるいは、それが日常となったから、思い出せないのか。
 どちらにしても、構わない。自分にとって重要なのは、キラの微笑みを守ることだ……とラウは心の中で呟く。
「どこにも行かないから、安心して眠りなさい」
 そんな内心を悟られないように優しい声音を作りながらさらに言葉を重ねた。
「……兄さん……」
 ここにいて……とキラは唇の動きだけで自分の希望を伝えてくる。こんな風に手放しで甘えてくるのは、きっと夢の中のことだと思っているからだろう。
「君の側にいるよ」
 だから、何も心配はいらない。
 この言葉に、キラは小さく頷いてみせる。そして、小さなため息をついた。
 すみれ色の瞳が、青白いまぶたに、また、覆われる。
「大丈夫だよ。君が必要としている限り、私は君の側にいるよ」
 少し艶を失ってしまった髪を撫でながら、こう囁いた。
「私たちは、君がいなければ存在の理由すら失ってしまうのだからね」
 キラという光があるからそこ、自分たちという存在はかがやくことが出来るのだ。それは、太陽と月の関係に似ているのではないだろうか。
 だから、キラを失えば、自分たちが正気でいられる自信はない。
 それが一番顕著に表れるのは、カナードではないだろうか。
 彼が一番、キラと体験を共有していた時間が長い。
 そして、自分たちも彼に『キラを守れ』と言い続けてきた。だから、彼にとってキラを守ることは呼吸をすると同じくらい当然のことなのだ。
 同時に、それが彼の精神を守っていたことも事実。
 だからこそ、キラと同じく、今の彼の精神状態が不安なのだ。
 自分から望んで離れることと、外的要因で離れることでは彼の精神にかかる負荷も大きいだろう。
 それでも、彼の側にはムウがいる。そして、自分がキラの側にいるという事実が、その負荷を少しだけだが和らげてくれているのではないか。
 だからといって、彼がこのままの状態でいるはずがない。
 そして、キラも、だ。
「大丈夫だ。きっと、ムウ達が来てくれるよ」
 だから、君はとりあえず、体調を整えることを考えなさい。そう続ける。
 それに対する答えは、穏やかな寝息だ。
「……私も、本腰を入れないといけないかな?」
 とりあえず、外部との連絡を取るための手段を確立しなければいけないだろう。そう心の中で付け加えた。
 そのためには、すぐに動いた方がいいのだろう。
 それがわかっていても、ラウはキラの髪をなで続けていた。