キラが眠ったのを確認して、二人は彼等の部屋を後にした。
「……キラさん……大丈夫かな……」
 シンが不安そうにこう問いかけてくる。
「そうだな……」
 とりあえず、ラウが付いているのだから、心配はいらないと思うが……とレイもため息をついた。だが、あの様子が続くようであればどうなのだろうか。
「……ホットミルクぐらいは、差し入れるべきなのだろうな……」
 もっと早くにそうしていればよかったのかもしれない、と彼はさらに言葉を重ねた。
「レイ……」
「本当は、ケーキか何かの方がいいんだろうが……」
 戦艦である以上、そのような嗜好品を積んでいるとは思えない。ため息とともに告げれば、シンが少し考え込むような表情を作る。
「シン?」
「牛乳の他に卵と砂糖――後は、あればバニラエッセンスか――それに調理器具を貸してもらえれば、プリンぐらいなら作れるかな?」
 この状況だからオーブンは使わない方がいいだろうから、蒸しプリンになるけど……と彼は呟いた。
「それに、それなら、キラさんが起きてすぐ、持って行けるような気がするし」
 冷やしておけばいいだけだから、とぶつぶつとさらに言葉を重ねている。
「プリンなんて、作れるのか?」
 お前が、と言っては失礼なのだろうか。そう思いながら、レイは問いかける。
「多分、作れると思う」
 自分でもよくわからないけど、手順は覚えているようだから……と彼は言い返してきた。
「そうか……」
 おそらく、それは彼の欠落した記憶に関係しているのだろう。
 自分の幼い頃の記憶に欠落があるように、彼にもデュランダルに引き取られる前の記憶がかなり失われている。自分に両親と妹がいたことだけは覚えていたようだが、どこで生まれてどのように育ったのか。そのあたりは曖昧な部分があるのだ、と言う。
 それでも、その時の感情が思い出せるだけましではないか。
 自分場合、記憶はデーターのように平坦で感情を揺さぶるものではないのだ。
 そういえば、キラに出逢ったときとラウに出逢ったとき――その感情の剥いている方向は正反対だが――自分の感情が大きく揺らいだ。
 キラはともかく、ラウに関してはきっと、あの事実が真実だから……なのだろうか。
 だとするなら、まだ顔を見たこともない残りの二人対しても、同じような感情を得るのだろうか……と心の中で付け加える。
「そういうことなら」
 だが、今優先すべきなのは彼等のことではない。キラのことだ……と思考を切り替えようと心の中で呟く。
「ギルに頼んでみよう。二人がかりなら、許可をくれると思うが……」
 半分は彼のせいなのだし、と言外に付け加える。
「……そうだよな。やっぱり、デュランダルさんに頼んでみるしかないか」
 でも、忙しくはないだろうか。シンは不安そうにこう告げる。
「大丈夫だろう」
 その位であれば、端末で連絡を入れるだけですむ。
 それに、彼は自分たちを応援してくれると言ったのだ。
 キラのためにそうしたいと言えば、許可ぐらい、すぐに出してくれるだろう。
「もっとも、俺も付き合うぞ?」
 シンにだけ、これ以上点数を与えてたまるか……とレイはためらうことなく付け加える。
「点数とかそんなこと、関係ないと思うんだけど……」
「わかっているが……何か、気分だ」
 ともかく、デュランダルに許可を貰おう。そう付け加えると、さっさと自分たちに与えられた部屋の中に滑り込む。
「おい!」
 待てよ、とシンもまた慌てたように追いかけてきた。
 ひょっとしたら、こう言うところがキラに好印象を与えているのだろうか。だからといって、自分には真似できない。
 ならば、別の方面で好印象を与えなければいけないだろう。
 さて、どうするか。
 キラの体調と自分が彼女に与える印象。
 どちらも好転させないと。
 そのためにはどうすればいいのか、というのは難しい命題だ。しかし、それだからこそ取り組む価値がある。もっとも、それとキラの微笑みを自分に向けて欲しいというのは別問題だが。
 こう考えながらも、手はなれた手順でデュランダルに連絡を取るために動いている。
「……そういうところをキラさんの前で見せればいいのに」
 シンがぼそっとこんな呟きを漏らす。
「努力している姿を見せた方がいいと思うんだけどな」
 確かに、レイは王子様キャラだけど……と言うのはどういう意味なのだろうか。
 だが、それを問いかける前にデュランダルに連絡が取れてしまった。
『どうかしたのかね?』
 いつもの優しい微笑みがモニターに映し出される。
「お願いがあります、ギル」
 そんな彼に向けて、レイはきまじめな口調でこう切り出した。