部屋に足を踏み入れた瞬間、ラウはキラの異常に気付く。
「キラ?」
 どうしたのか、と思いながら、足早に彼女の元へと歩み寄る。
 そんな彼に場所を明け渡すかのようにシンが立ち上がった。そんな彼に頷き返すと、ラウはキラの前に膝を着く。
「私だよ……」
 声をかけながら、そのままキラの瞳をのぞき込む。
「……兄さん……」
 そうすれば、彼女の視線は真っ直ぐにラウへと向けられる。
「僕は……」
 僕は、おかしいのかな? とキラは口にした。
「……何か、変なの……世界が遠いの……」
 みんなの言葉がうまく理解できない、と口にしながら救いを求めるように手を伸ばしてくる。
 その体を優しく抱きしめた。
「大丈夫だよ、キラ」
 君はおかしくない。耳元でそう囁いてやる。
「疲れているから、脳がうまく働いていないだけだ。一眠りすれば、元通りになるよ」
 思考力が落ちているだけだよ、とそう続けながら、そっとキラの背中を叩く。
「兄さん……」
「きちんと食事をしていないから、脳に糖分が回ってない可能性もあるね」
 アメでもあればいいのだが、とそう付け加える。
「……僕……」
「後で探してきてあげよう。だから、今は眠りなさい」
 いいこだね、と囁きながらそっとその目尻にキスを落とした。
「……うん……」
 ラウの言葉に納得をしたのか。それとも、安心をしたのか。キラは小さく頷いてみせる。
「安心しなさい。もう、呼び出されることはないだろうからね」
 言葉とともにラウはキラの体を軽々と抱きかかえた。そのまま、ベッドへと歩み寄っていく。
「眠れないなら、横になっているだけでもいいからね」
 それだけでも体を休めることが出来る。
 今のキラにとって必要なのは休養と栄養だよ。そう付け加えながら、ここに来てからまた細くなった体をそっとベッドの上に横たえてやった。
 小さな頃によくしてやったように、肩口まで毛布を引き上げる。
「照明を落とすかい?」
 その方がよく眠れるよ……という言葉に、キラは小さく首を横に振って見せた。
「……そばにいて」
 それよりも、と口にする。
「もちろんだよ」
 この言葉に安心したようにキラはため息をついた。
「シン君とレイ君……心配かけて、ごめんね」
 そして、心配そうにこちらを見つめている二人に向かってこう告げる。
「俺たちのことは、気にしないでください……」
「それよりも、ゆっくりと休んでくださいね」
 二人は即座にこう言ってきた。それも彼等の本音だろう。
 もっとも、別の言葉を口にしたならば、即座に追い出してやったところだが……と心の中で呟く。
「彼等もこう言っている。だから、ゆっくりとおやすみ」
 こう言いながら、そっとキラのまぶたを掌で覆った。
 次の瞬間、ラウは少し眉根を寄せる。発熱していると、はっきりと伝わってきたのだ。
 やはり、一刻も早くみなの元へ戻らなければいけない。
 そうしなければ、キラの状態はさらに悪化するのではないか。
 体の不調を訴えるだけならばまだいい。安定した環境へ戻れば、すぐに回復するだろう事はわかっていた。
 しかし、これがキラの中に眠っている爆弾を揺り動かしたらどうなるのか。
 そうなった場合、自分の存在だけで《キラ》を呼び戻せるのかどうか、わからないのだ。
 せめて、ムウがいてくれればまだましかもしれないが……と普段が鬱陶しと思っている相手のことも思い出してしまう。
「……オーブに戻ったら、久々にサハクの双子と、あの子に会いに行こう」
 とりあえず、楽しいことを考えなさい。そう続けながら、いったいどうするべきか……と考える。
 デュランダルに、自分たちをオーブに帰す気はなさそうだ。
 あれを見てしまったから、余計にその思いが強くなったように思える。
 それとも……と微かに表情を曇らせた。  あれらと自分たちを引き替えにしようとするかもしれない。だが、あれもキラも、あの男に渡すわけにはいかないのだ。
 そのためにはどうすればいいのか。
 早急にその答えを出さなければいけないだろう。
 ラウは心の中でそう決意を決めていた。