目の前で、地球軍のミストラルがあっさりと動きを止める。
「本当は撃沈してもいいんだがな」
 しかし、それではキラに嫌われかねない。だから、動きを止めることで満足しておこう。カナードはそう心の中で呟く。
「しかし……これは、怖いな……」
 これほどまでに戦力に差が出るとは思わなかった。
 たった二機の機動兵器で五十倍近い地球軍のミストラルを制圧している。しかも、相手のパイロットは専門の訓練を受けた者達であるにもかかわらずに、だ。
「キラが……これと似たようなものを戦争に使いたがらなかった理由も、わかるな」
 ここまで強力では抑止力だけではすまないのではないか。
 もっとも、現在はいい。
 これを扱えるのが、自分とサハクの双子だけ。
 機体も現在運用されている二機だけなのだ。
 しかし、今後はどうだろうか。
「……姿を見せてしまった以上、欲しがるバカは多いだろうな」
 地球連合やプラントはまだいい。自分たちがシャット・アウトすればいいだけだ。
 だが、と心の中で呟く。
 一番厄介なのはオーブ首長家みうちの存在かもしれない。ナチュラルが多いせいか、地球連合に肩入れをする気風が強いことも否定できない。
 そんな連中がどう動くか。
 救いがあるとすれば、これらを開発したのはモルゲンレーテではなくサハクの個人的な技術陣と自分たちだと言うことか。
「……ともかく……」
 さっさと終わらせてしまわないと、とカナードは呟く。
「母艦を叩いて航行不能にすれば、こちらの作戦は終わりか」
 後はオーブ軍に任せてしまえばいい。
 ホムラが直接指揮を執ってもいるから、馬鹿なことはないだろう。そう思うのだが、どうしても不安が消えない。
 そして、こういうときの不安は的中することが多いのだ。
「……まったく……余計なことをしてくれたよな」
 いくら、自分たちの力を強めたいからとはいえ、他国の民間人を拉致しようとするなんて。そのせいで、こういう状況になっていると連中はわかっているのだろうか。
『カナード』
 どこか高揚した口調でギナが呼びかけてくる。
「何ですか?」
 とりあえず、それに関してはあとでいいだろう。彼等とも話し合わなければいけないだろうに……と思いながら言葉を返す。
『こちらは終わったぞ』
 この言葉に、地球軍の戦艦へと注意を向ければ、確かに推進部が破壊されている。これでは逃げることは不可能だろう。
「わかりました。では、戻りますか?」
『それがいいだろうな』
 カナードの言葉に、ギナはどこか不満そうな感情を見え隠れさせながら言葉を綴る。
『……ミナに命じられた以上、逆らえない』
 悔しいが、彼女の判断は間違うことはない……と彼はさらに続けた。
「……キラに気付かれないうちに戻った方がいい、と考えられたのでしょう」
 あの子が地球軍の艦艇にいる可能性は少ない。
 だが、プラント側にしてもこの光景を見ている可能性は高い。そして、キラが何の研究に関わっていたのかを連中は知っているはずなのだ。
 そう考えれば、この光景を見せつけられている可能性は否定できないだろう。
 ラウが側にいるとはいえ、力ずくで来られたら、どこまで拒めるか。
 もっとも、彼の場合、その前に実力行使にでるだろう。だが、その後のキラの精神状態がどうなるかは不安としか言いようがない。
『そうだな』
 ギナはため息とともに言葉を返してくる。
『あの子にこんな光景は見せたくない』
 ついでに、大人の事情の裏側も……と彼は続けた。
『だからこそ、今回のことを計画した馬鹿には、しっかりとおしおきをしないとな』
 どう猛な笑いと共に告げられた言葉にはカナードも同意だ。
「そうですね」
 こんな状況を作り出してくれた相手は、八つ裂きにしても飽き足らない。
「しかし、それに関してはお任せします」
 残念ながら、自分にはその権限がないだろう。カナードはそう思いながら言葉を返す。
『なに。俺はともかく、ミナがそのあたりを考えてくれるだろう』
 そのあたりについては戻ってから相談をすればいい。この言葉とともに、ギナは自分の機体を反転させる。
「……そういうことにしておきましょう」
 どうなるかはわからないが。それでも、キラさえ戻ってきてくれればいい。そう思いながらカナードもその後に続いた。