ラウは、不機嫌さを隠すことなくブリッジへと足を踏み入れた。
「せっかくの男前が二割減だね」
 からかうような声が即座に投げつけられる。それが誰の口から出たものか、確認しなくてもわかってしまった。
「可愛い妹さえ気に入ってくれればそれで十分だよ」
 自分の顔を、とラウは即座に言い返す。
「おやおや。欲のないことだ」
 これはイヤミだろうな……とラウは思う。だからといって、怒りを爆発させるわけにはいかない。
 このような場で冷静さを失うのは、自分の負けを認めることに等しいのではないか……と考えているのだ。
 だが、目の前の相手はこの態度を改めるつもりはないはずだ。
「……それよりも、いったい、何の用事なのかね?」
 そう判断をして、ラウは質問の矛先を艦長へと向ける。
「キラが不安がっている。倒れないように側にいて安心させてやりたいのだが?」
 ただでさえ、普段の生活から切り離されてストレスを貯めているのに……と付け加えたのはせめてものイヤミだ。
「君が過保護なだけではないのかな?」
 即座にデュランダルが口を挟んでくる。
「だといいのだがね。昨日は、無理矢理食べさせたヨーグルトも吐いてしまったからね」
 あれなら大丈夫だと思ったのだが。そう付け加えれば艦長の女性が眉根を寄せた。
「今日は部屋から出してもらえて、少し気分が浮上した……と思ったらこの騒ぎだからね。下手をしたら、ドリンクを口にするのが精一杯だろう」
 それでも『過保護』の一言ですませるつもりか、とラウはデュランダルをにらみつける。
「そもそも、君達が我々を早々にオーブ側へ引き渡してくれれば、キラはそんな状態にならずにすんだのだがね」
 あの子にとって、見知らぬ人間は恐怖の対象でしかない。きっぱりとした口調でそういいきった。
「……ともかく、だ」
 どうやら、触れて欲しくない事を指摘しまったのか。デュランダルは露骨に話題をそらしてくる。
「これを見て欲しい」
 言葉とともに彼は視線だけで合図を送った。最初から指示されていたのだろう。ブリッジクルーの一人がモニターの解像度を操作する。
 次の瞬間、大写しになったのはこの先で行われていた戦闘の光景だった。
 それを確認すると同時に、ラウはキラを連れてこなくてよかった……と心の中で呟いてしまった。
 予想通りと言うべきだろうか。
 そこにはカナード達とサハクの双子が内密に開発していた機動兵器が地球軍と交戦している様子が映し出されていた。
 ムウが一緒にいたはずなのに、と心の中で呟く。
 それとも、彼がいて求められないくらいカナードがキレていたか、だ。
 そちらの可能性が高いな、とそう心の中で呟いた。
「君は、あれを知っているかね?」
 何かを確信しているのか。デュランダルはこう問いかけてくる。
「残念ながら、知らないね」
 キラ達が開発していたものではない。そう続けた。
「……学生達が研究していたものではないことは、レイからも聞いているよ」
 フレームから違う、と聞いている……とデュランダルは言い返してくる。
「しかし、システムの方はどうかね?」
 そういいながら、視線を向けてきた。
「それこそあり得ないね」
 ラウは即答する。
「あの子は他人を傷つける事を死ぬほど嫌がっている。だから、あの子の作るシステムは、人間を極力傷つけないよう、リミッターが組み込まれているからね」
 だから、あのような動きは不可能だ。そういいきった。
「……システムを流用することは?」
「不可能だろうね。あの子の組むプログラムを完全に理解できるのは、おそらく私だけだろう」
 ある程度であれば、カナードの他にも数名いる。しかし、そのほとんどが、現在、プラントにいるはずだ。
 この言葉に、デュランダル達の目が驚愕に見開かれる。
「……いったい、誰かのかしら、それは」
 自分たちも知っている相手か、と艦長が問いかけてきた。
「知っていると思うがね」
 本人はともかく、その親に関しては……とラウは微妙な表情を作る。
「……確実なのは、アスラン・ザラだろうね。ニコル・アマルフィはわからないが……父君はそれなりに理解できるかもしれんな」
 ディアッカとイザークは最初から理解する努力を投げ捨てていたし、ラクスは努力をしたが、彼女の才能はそちらにはなかったから。淡々とした口調でラウはこう告げた。
 その瞬間、デュランダル以外の者達の表情が強ばったのは、彼等のバックボーンを知っているからだろう。
「なるほど……それで、君がプラントにいたときの後見人がクライン元議長だったわけだ」
 そういえば、彼等の子女は月に留学していた時期があったね……とデュランダルは平然と言い返してくる。
「その時に知り合ったのかな?」
「……我々の後見人はホムラ様だからな」
 その関係だ、とラウは言外に認める言葉を口にした。
「さて、話がそれだけならば、部屋に戻っても構わないかね?」
 キラが心配だ。そう続ける。
「……できれば、彼女にも話を聞きたいのだが?」
 デュランダルが吐息と共にこう問いかけてきた。
「その依頼が来た瞬間、私はどのような被害を出そうとも、キラを連れてこの艦から強引に退去させてもらうよ?」
 それが不可能ではない、と言うことを彼は知っているはずだ。
「それでも構わないのかね?」
 この問いかけに、デュランダルはまたため息をつく。
「それは困るね。それに……同胞の女性を傷つけるのは不本意だ」
 しかたがない。好きにしたまえ、と彼はさらに言葉を重ねる。
「では、好きにさせて貰おう」
 言葉とともにラウはきびすを返した。