かたかたと音を立ててキラはプログラムを構築していく。その様子をラウは静かに見つめていた。
 それでも、キラは振り向くどころか、手を止める様子を見せない。
 この集中力は素晴らしいと言うしかないだろう
 だが、昔のあきやすい性格のキラの方が自分は好きだったような気がする。
 途中で出来なくなって自分に泣きついてくる姿が可愛かったから……と言うことも否定できないが。
 もちろん、今のキラも可愛い。
 しかし、これが自分たちの影響ではなく別の要因で身につけざるを得なかったものだ、と考えれば複雑な気持ちになってしまう。
 何よりも、とラウは小さなため息をついた。
「キラ。そろそろ一休みしなさい」
 声をかけても反応が返ってこないのだ。
 それだけ集中していると言うことなのだろうが、だからといって、飲食はもちろん、睡眠も忘れられては困る。不本意だが、一度強引に現実に連れ戻すしかない。
「キラ」
 そう判断をして、細い肩に手を置く。そのまま少し強引に揺さぶった。
「……あっ……」
 これで我に返ってくれたのだろうか。キラはどこか呆然とした表情でラウを見上げてくる。
「少し休みなさい。話をしたいこともあるからね」
 優しい笑みと共に声をかけた。
「兄さん……」
 彼女のすみれ色の瞳がラウのそれとぶつかる。
「あれから、もう三時間近く経っているよ」
 そう続ければ、キラは驚いたように目を丸くした。そのまま、慌てたように時計へと視線を向ける。
「……すみません……」
 慌てたようにキラがこう口にした。
「怒っているわけではないのだがね」
 そう聞こえてしまったのかな? とラウは口にする。
「謝られたらどうしていいのかわからなくなるだろう?」
 こう言いながら、手を伸ばしてキーをいくつか叩く。そして、今までキラが作っていたプログラムを保存した。
「……それに、そろそろ彼等が来るよ?」
 小さな声でこう囁く。
 それだけで、キラにもらうが何を言いたいのかわかったようだ。素直にパソコンの電源を落とす。
「大丈夫だよ、キラ。焦らなくても、オーブが動いてくれているからね」
 すぐに帰れるよ、とそう続ける。
「……それはわかっているけど……」
 小さなため息とともにキラはパソコンをデスクの上に置く。
「カナード兄さんが何かをしでかさないか、って考えると……恐くて」
 その不安はラウも抱いているものだ。
「……大丈夫だ。あちらにはムウがいる」
 あの男がきっちりと手綱を取ってくれているはず。半ば希望をこめながら言い返す。
「だといいけど……」
「大丈夫だ。あの男はそこまでバカではないはずだからね」
 もっとも、この状態が長引けばどうかはわからないが。そう付け加えたのは、この会話を聞かれている可能性を考えてのことだ。
「……ギナ様がカナード兄さんの背中を押さなきゃいいけど……」
 自分たちのことを聞けば、彼等も合流するだろうから……とキラは続ける。
「あぁ、それもあったな」
 そういえば、あの男がプラントから出てきたのも、彼等と話し合うためだったな……とラウは呟く。
「……それに、あの子が出てきたらどうしよう……」
 ホムラからきっと、ウズミに連絡が行っているだろう。そうなれば、あの子が耳をする可能性がある。その後でどのような行動をとるか……とキラは続けた。
「そちらは……とりあえず、今は除外しておきなさい」
 そこまで考えていたら、何も出来なくなるよ? とラウは言い返す。
「それに……その時にはそれこそ、議長殿が何とかしてくれるのではないかな?」
 自分たちをここにとどめていて、なおかつ、オーブに報告を入れていないのは彼の判断だ。だから、きっと、そのような状況になったときにどうするかも考えているのだろう。
 まぁ、オーブとの話し合いで多少、プラント側が不利になるだけかもしれないが。そんなことも続ける。
「それって……厄介なことにならない?」
「覚悟の上だろう」
 今のプラントの状況を考えれば、オーブとの関係を断絶することは出来ないはずだ。
「……万が一、我々のことを知らせずに彼等がプラントに向かっても……方法はいくらでもあるからね」
 むしろそっちの方が厄介な状況になるかもしれないぞ、とさらに言葉を重ねる。
「……僕のこと、忘れてないかな?」
 みんな、とキラは首をかしげた。
「大丈夫だろう。あの方とはまめにメールを交換しているのだろう?」
「うん。でも……」
「なら、大丈夫だ。何年離れていようと、友達は友達だよ」
 この言葉に、キラは小さく頷いてみせる。
「もっとも、あの方々に迷惑をかけずにすめば一番いいのだがね」
 でなければ、プラント国内がとんでもないことになりかねない。そう呟くラウにキラは真顔で頷いて見せた。