キラが目覚めたのは、それから三時間近く経ってからのことだった。
「……キラ……」
 大丈夫か? とラウは静かに問いかける。それに彼女は小さく頷いてみせるが、どこかまだ辛そうだ。
「無理はしなくていいよ」
 辛いなら、まだ横になっていなさい。そういってキラの髪をそっと撫でる。
「ごめんなさい……」
 そうすれば、何故か彼女はこう口にした。
「どうして謝るのかね?」
 キラは何も悪いことはしていないだろう。ラウはわからないというように首をかしげて見せた。
「でも……」
 それに、キラは何かを口にしようと考え込んでいる。
「僕がこうしているせいで、兄さんが自由に動けないから……」
 だから、とさらに言葉を重ねようとするキラの唇を、ラウはそっと人差し指で押さえた。
「何を言っているのかな、君は」
 訳がわからないというようにため息をつく。
「君を守るのは、私たちの義務で権利なのだよ?」
 これは、他の誰にも譲れないし、譲るつもりもない。
 もちろん、キラ本人にもだ。
「それが、私たちにとっての幸せの一部だからね」
 だから、キラを優先するのは当然のことだ。そうも続ける。
「……兄さん……」
「まぁ、ここでは何も出来ない……と言うことも否定できないが」
 現状では、使える端末も何もないからね……と微笑んで見せた。そのまま、さりげなく額と額を触れあわせる。
「それに……監視されている可能性も否定できない」
 そっと囁けば、キラは一瞬目を見開いた。
「……熱はないよ、兄さん」
 そのまま、キラはこう告げる。どうやら、状況を飲み込んでくれたらしい。
 元々聡い子だ。状況さえ理解すれば、自分が何をしなければいけないのか、すぐに判断できるはず。
「それに、兄さんの顔を見ていると、時々落ちこみたくなるんだけど」
 しかし、このセリフはまったく予想していないものだった。
「……キラ?」
 いったい何を言い出すのか、とラウは思わずこう聞き返してしまう。
「兄さん……自分の顔が人よりいいって自覚ある?」
「コーディネイターだからね。少なくとも、ムウよりはかなり整っているだろうな、とは思うが……」
 だからといって、どうしてキラが落ちこみたくなるのか。その理由がわからない。
「……僕も、兄さん達みたいに淡い色の髪の毛だったらよかったのに……」
 でなければ、カナードのように黒髪か。
「僕の髪の色って、服の色を選ぶんだもん」
 キラはこう言って唇をとがらせる。
「私は、君のその髪の色が好きだよ」
 瞳の色も……とラウは微笑みを深めた。
「それよりも、そんな風に頬をふくらませていると、本当に小さな子供みたいだね」
 さわり心地はいいかもしれないが。こう言いながら、からかうように指先で頬をつつく。
「兄さん!」
 嫌そうにキラが声を上げる。
「……少し太ったか? 感触が柔らかいぞ?」
 さらにこう告げれば、キラの頬がさらにふくらむ。
「まぁ、私としてはこのくらいの方が好みだが」
 もう少し太ってもいいかもしれないね。そうも続ける。
「それは……」
「君の場合は、だよ」
 一人一人、条件が違うからね。そう続けながら、ラウはさりげなくキラの体を自分のひざの上へと移動させた。
「兄さん?」
「ふむ……やはり、もう少し重くていいよ」
 戻ったら、少し食事のメニューを考えてみようか。こう呟くと、キラは目を丸くする。
「いいよ……って、ひょっとして、兄さん達、僕にメニューをあわせていたの?」
 だとするならば、兄さん達には物足りなかったのではないか。慌てたようにそう続ける。
「私もデスクワーク中心だからね。気にしていないよ」
 自分の方があれこれ気にしなければいけない年齢だ。そう言って笑えば、キラは「そうは思えないけど」と呟く。
「まぁ、そういうことだ。ムウとカナードは自分で何とかしているようだからね」
 と言うよりも、カナードに何とかさせていると言った方が正しいのか。しかし、それをキラに告げるわけにはいかないだろう。
 何よりも、そんな時間はないはずだ。
「……兄さん……」
 どうやら、その事実にキラも気が付いたらしい。不安そうにラウの服を握りしめてくる。
「何。心配はいらないよ。必ず、帰れるからね」
 こう告げるラウの耳に、今度ははっきりと近づいてくる足音が届いた。