医務室のベッドで、キラが静かに寝息を立てている。しかし、その手がしっかりとラウのそれを握っていることが、本人の不安を如実に表していた。
「大丈夫だよ、キラ」
 何があっても、自分がキラを護ってみせる。そう心の中で呟きながら、そっと彼女の髪を撫でていたときだ。
「失礼」
 しかし、そんなラウの思考を中断させるような声が背後から響いてくる。それでも、声量が抑えられているあたり、彼なりに気を遣っているのだろうか。
「……ぶしつけな男だな」
 だからといって、歓迎する気にはならない。
「女性が眠っている部屋に、肉親以外が勝手に入り込むんじゃない」
 ドクターですらその程度の配慮はしてくれる、と口にしながら振り向いた。そうすれば、予想通りの相手の顔が確認できる。
「これは失礼。だが、こうでもしないと、君と話が出来ないと思ってね」
 彼女から離れるつもりはないのだろう? とデュランダルは問いかけてきた。
「もちろんだ」
 誰が好きこのんで目の前の相手と話をしたいものか。ラウは心の中でそう吐き捨てる。
「一種の狼の巣のようなこの場で、この子を一人に出来ると思うかね?」
 だが、それを口にする代わりにこう口にするだけでとどめておく。
 プラントの人口比率は未だに偏ったままではないのか、と言外に問いかければ、デュランダルは苦笑を返してきた。
「だから、君達がこちらに来てくれればいいのだがね」
 歓迎するよ、と彼は続ける。
「そうすると、あの男だけ取り残されるからね」
 残念だが、それは認められない。ラウはそう続ける。
「私たちは、四人で家族だからね」
 誰一人、かけることは許されない。増える可能性はあったとしても、だ。
 そういいきる彼に、デュランダルはさらに笑みを深めた。
「だが、そのせいで大切な存在を危険にさらすことになるとしても、かね?」
 言葉とともに視線をキラの寝顔へと向ける。
「バカどもが余計な手出しをしなければ、この子に危険は及ばないはず、だったのだがね」
 不本意だが、サハクの力を借りるしかないかもしれない。そう続けたのは相手の反応を見るためだ。
「……サハク?」
「そこまでは知らなかったようだね。この子の母親は、サハクの双子とも知り合いでね。その縁で、この子は小さな頃から彼等に可愛がって貰っていたのだよ」
 そのせいで、一時期、排斥派に目をつけられて厄介な連中にさらわれることになってしまったが。そう続けた。
 いや、実際、記録上はそうなっている。
 だが、この男のことだ。どこからか真実を手にしている可能性も否定は出来ない。しかし、それを確認する手段は、今、目の前にいる相手にはないと言っていい。
「アスハとサハクの援助を受けるコーディネイターは目障りらしい」
 誰に、とは言わないが。そういって、微苦笑を浮かべた。
「それでも、今となってはオーブとしてはこの子も手放すわけにはいかないようだがね」
 キラが所有している特許がモルゲンレーテにとって重要である以上、この子が他国に移住することは認められないだろう。
 それはコーディネイターを排斥したい者達にとっても同じであるはず。
 逆に、キラを含めた自分たちを己の陣営に引き込みたいと考えているのではないだろうか。
「……なるほど、ね」
 小さなため息とともにデュランダルは言葉をはき出す。
「どうやら、うちの養い子達の希望を叶えるには、まず、君から攻略をしなければいけないと言うことか」
 それも、サハクと顔を合わせる前に……と彼は続けた。
「その前に、我々をあちらに帰してくれた方が問題が少ないと思うがね」
 ラウはこう言い返す。
「合流してから我々のことを知ったなら、君達の目的にとってマイナスの結果にしかならないと思うよ」
 それでも、自分たちをここにとどめておくのか……とラウは聞き返す。
「さて、どうしたものかね」
 小さな笑いと共にこう言い返される。
「まぁ、お姫様が目を覚ます前には決めておくよ」
 この言葉から判断をして、この男は自分たちの存在がここに救出されていることをオーブに伝えるつもりはないのだ。
 ならば、自分が何とかしなければいけない。
 しかし、と心の中で呟く。自分一人でどこまで出来るだろうか。
 もちろん、自由に使える端末があれば話は別だ。それさえあれば、どのようなシステムであろうと攻略をしてみせる自信がある。だが、それがなければ、どうだろうか。
 無力とは言わないまでも、かなりの時間がかかることはわかりきっている。
 それでも何とかしなければいけないだろう。キラを守ることが自分の義務だ。
「なら、私は私の義務を果たさせて貰おう」
 そのための最低限の装備は、今の自分にもある。どれだけ時間がかかろうと、自分はそれを果たさせて貰おう。そうラウは言い返す。
「お手並みを拝見させて頂こう」
 小さな笑いと共にこう言い返してきたのは自信の表れだろうか。
「話がそれだけであるのなら、いい加減、出て行ってくれないかな?」
 キラがゆっくりと休めない。そういいながら、彼をにらみつける。
「残念だね。是非とも眠り姫の目覚めに立ち会わせて頂きたかったのだが……」
 今は遠慮しておくよ、と彼は告げた。それでも、そっと手を伸ばしてキラの頬に触れようとする。その手をラウは反射的にたたき落とす。
「触れるな。貴様の腹黒さが移る」
「酷いね」
 そうは言いながらも、どこかおもしろがっているように感じられる。それはきっと、余裕を感じているからだろう。
 絶対にそれを覆してみせる。ラウは心の中でそう誓っていた。