目の前に現れた軍服を見て、ラウは思いきり顔をしかめる。それだけではなく、キラの体を自分の方に引き寄せていた。
「……何故、ここにザフトが?」
 地球軍でないだけマシなのだろうが、と心の中で呟きながらも、ラウは思わず口にしてしまう。
「ここは、オーブの管理宙域のはずだ……」
 それなのに、どうして……と周囲を見回しながら告げた。
「偶然だよ」
 そんな彼の耳に聞き覚えのある――ついでに言えば、二度とは聞きたくなかった――声が届く。
「我々は、アメノミハシラに向かっていたのだがね」
 その途中で君達の救難信号をキャッチしたのだ。
 たとえどのような状態にあろうとも、民間の救難信号を受け取った場合、救助をしなければいけない。それが義務だからね、と彼は付け加える。
「……もっとも、君達が乗り込んでいたとは、嬉しい偶然、と言うべきかな?」
 穏やかな笑みを浮かべれば浮かべるほど、胡散臭く感じられるのだ、と本人は気付いているのだろうか。
 いや、周囲の様子を見ればそんな彼に心酔しているらしい。どうやら、この男のそう言う点は今も健在のようだ。もっとも、それは自分には通用しないが。
「……兄さん……」
 そんな彼の耳に、キラの細い声が届いた。
「キラ?」
 どうした、と口にした声音は自分でもあきれるくらいに甘い。だが、この妹相手では、それでも足りないような気がするのだから、構わないのだろう。
「気持ち、悪い……」
 だが、それもこの一言で霧散する。
「気持ち悪い?」
 大丈夫か、といいながら、いつものように彼女の体を抱きかかえた。
 そのまま、その顔をのぞき込む。確かに、いつもよりも顔色が悪い。
「……ストレスか」
 おそらく、今まで緊張を強いられてきたせいだろう。それがなくなったと思えば、また新たなストレスが与えられた。それに体が先に悲鳴を上げたのではないか。
「キラさんは……大丈夫ですか?」
 シンが不安そうにこう問いかけてくる。
「緊張のしすぎだからね。ゆっくりと休めるような場所があれば、少しはよくなるだろう」
 もっとも、ここにいる限り、このままかもしれないが。心の中でラウはそう付け加えたが。
「……ギル?」
 準備して頂けますか、とレイが問いかけている。その口調から、かなり親しいのだろうと推測できた。
 いや、それは彼の顔を見た瞬間に想像できていたことだと言ってもいい。
「俺からもお願いします」
 だが、シンもだとは思わなかった。
 いや、その可能性を無意識に排除していた、と言うべきかもしれない。
 だが、現状では既に、あの男に心酔とはいかなくても信頼感を抱いているようだ。
 いったい、どれだけ、あの男は自分の影響力を広げているのだろう。味方であれば何よりも力強いと言える相手だが、現状ではそうと言い切れない。
 だから、決してあの男に自分たちの宝物を手渡すわけにはいかないのだ。
 そう考えていたからか。無意識に腕に力がこもっていたらしい。
「ラウ、兄さん?」
 どうしたの? とキラが問いかけている。自分の方が辛いだろうに、と思うと申し訳がない。
「何でもない。これから、どうやってサハクに連絡を取ろうか、と思っていただけだよ」
 でなければ、あの二人が何をしでかしてくれるかわからないからね……と苦笑と共に囁いてやる。
「なら、いいけど……」
 でも、無理をしないで……と口にしながら、そっとその手を持ち上げると頬に触れてきた。
「大丈夫だよ。それよりも、君は自分のことを優先しなさい」
 眠っていてもいいから、とそういいながらそっと額にキスを落としたのは、両手がふさがっていたからだ。
「……ギル!」
 その様子に、レイが焦れたようにギル――ギルバート・デュランダルに呼びかけている。
「医務室の方がいいかもしれないね。その方が君も安心できるのではないかな?」
 そのまま、視線をラウに向けて彼は告げた。
「色々な意味で」
 こう付け加えてきたのは、この男なりのイヤミなのだろうか。
「そうしてもらえるとありがたいね。この子はどちらかというと人見知りの方でね。彼等が留学してきた後、自宅では体調が優れなかった」
 もっとも、本人がそれを嫌がっていなかったから、君達気にしなくていいよ……とラウはレイとシンへ声をかける。
 その瞬間、二人がほっとしたような表情を作った。
「そういうことだから、誰か彼らを医務室に案内してくれるかな? できれば、側に女性兵を配置してくれるとありがたい」
 流石に、女性の側に屈強な男を置くことははばかられるからね……とデュランダルは笑う。それがものすごく気に障るのだ、とわかっていてやっているはずだ。
 だが、今はそれを指摘するよりも、キラをゆっくりと休める環境に置いてやりたい。
 それからのことはそれから考えればいいだろう。
 忌々しいが、それしかできないか。そうラウは心の中で呟いていた。
「……この事を知って、あの二人がぶち切れなければいいのだが」
 頭に血が上ったらどうなるかわからない。それもまた不安だ……と呟いたラウの考えは当たらざるも遠からずだったと言っていい。もちろん、それを本人が今知る機会はなかったが。