キラとカナードが一緒に夕食の準備を始めたのを確認して、ラウは一度、怒りの矛先を収めた。
「……何かあったのか?」
 ムウが声を潜めながら問いかけてくる。
「お前が家を離れるだけならばまだしも、キラと一緒に帰ってくるなんて、な」
 あいつの交友関係を邪魔しないようにしていたのではないか。彼はさらにこう言葉を重ねてきた。
「カレッジのホストに、ハッキングが仕掛けられたそうだ」
 キラには告げなかった呼び出し理由をラウは口にする。
「……ハッキング、な」
 目的は? とムウは視線で問いかけてきた。
「主に狙われたのは、キラ達のラボともう一カ所だな」
 光学迷彩を研究しているラボだ、とラウは言い返す。もっとも、学生達にしてみればそのような目的で研究しているわけではないらしいのだが。
 しかし、軍人というのは自分たちにとって都合のいいことしか見えない人種でもある。
 同時に、民間人は自分たちに協力をして当然、と考えているらしいことも否定できないだろう。
「……なるほど、な」
 確かに、そういう人間が多い……とムウも頷いてみせる。
「そうではない人間がいることも、もちろんわかっていますよ」
 だが、そのような軍人はごく少数だ。オーブ軍の中にも本当に一握りだ。
「そういう事実があった以上、注意をするに越したことはないでしょうからね」
 いつ、キラのことが連中に伝わるかわからない。
 自分たちの経歴はアスハやサハクの力を借りてかなり周到に書き換えてはある。しかし、あの子の顔はあの子の母親にそっくりなのだ。そちらから疑念を持つ人間がいないとも限らない。
「確かに……美人になってきたからな、キラは」
 まだ、可愛いという形容詞の方がしっくりと来る。
 だが、もう少し成長したらどうなるか。今でも、かなりの数の男どもがあの子に注目をしているらしい、とキラの友人達が教えてくれた。
 その中に、地球軍に繋がっているものがいないとも限らないだろう。
「まったく……不安だけは増えていくよな」
 それでも、キラが真っ直ぐなまま成長をしてくれているのは嬉しいが……とムウは付け加える。
「ともかく、そういうことで……私は明日からキラと一緒にカレッジに行くから」
 あちらでホストのセキュリティ強化の作業をしてくるから、とラウは説明をした。
「……そうして貰った方がいいだろうな」
 万が一の可能性を考えれば、すこしでも早くキラの側に駆けつけられる環境は必要だろう。ムウはあっさりと賛同の言葉を口にしてくる。
「本当なら、カナードもいかせたいところだがな」
「それはやめて欲しいものだね」
 彼の言葉をラウは即座に否定した。
「ラウ?」
「お前一人をこの家に残したら、半日でどのような惨状になるか……考えただけでも頭が痛くなる」
 その位なら、自分一人が苦労をした方がマシだ。ラウはそういいきる。
「ずいぶんな言いぐさだな」
「だが、事実だろうが」
 帰ってきた瞬間、家の中が散らかっているのを見れば、それだけで疲れが倍増するのだ、とさらに言葉を重ねた。
「お前が細かいだけだろう?」
 あきれたようにムウがこう言ってくる。
「なら、キラとカナードに確認してみるかね?」
 少なくとも、キラは自分に賛成をしてくれるはずだが……とラウは胸を張った。
「……そんなことは……」
「ないと言いきるのかね?」
 ならば、本人に確認してみよう。言葉とともに腰を浮かせる。
「お、おい!」
 そんな彼の仕草に、ムウが驚いたような声を上げた。
「私たちの主張が平行線を描いている以上、第三者の意見を聞くのは当然の事ではないのかね?」
 我が家の場合、優先すべきなのはキラの意見だ。そうも続ける。
「何か反論でも?」
 一瞥をすれば、ムウは肩をすくめてみせた。
「キラは、たいがい、お前の味方だろうが」
 ため息とともにさらに言葉を重ねてくる。
「それではカナードにしよう」
 ムウの意見であれば、普段、一緒に行動を共にしているカナードは彼の味方だと言うことになるだろう。その彼がどちらの意見をとるか、確認しようか。そう続ける。
「お前、な」
 憮然とした表情でにらみつけられた。
「それとも、お前が自分の非を認めてくれるかね?」
 小さな笑いと共に問いかける。
「誰が!」
 即座にムウが怒鳴り返してきた。
「ほぉ……それでは、やはり、白黒つけるべきだろうね」
 ラウのこのセリフを合図に、二人の間で第二ラウンドが開始される。それは、それこそ心配したキラとカナードが顔を出すまで続けられた。