「……鍵、開いてる……」
 玄関のドアに手をかけたまま、キラは眉を寄せる。
「キラ……」
 その手をラウの手が包み込んできた。
「いいこだから、下がっていなさい」
 自分が先に入るから、と彼は続ける。
「兄さん?」
「君を護るのは私たちの義務だからね」
 それに、男としては女性を護るのは当然の義務だ。そういって彼は笑った。
「……わかりました……」
 確かに、彼に任せた方が確実だろう。プログラミングやハッキングという分野では自分でもこの兄の手伝いが出来るが、戦闘になっては足手まといでしかないことをキラは知っているのだ。
 しかし、できれば自分も……と思う気持ちもある。
「何。心配はいらないよ」
 正規軍であるならばともかく、普通の傭兵程度なら自分の方が強い。そういってキラの頭に手を置いた。
「ただ、君を気にかけている余裕はなくなるかもしれない」
 逃げることを恥じてはいけないよ、とそのまま彼は言葉をかけてくる。
「わかっています」
 自分が側にいない方がラウが自由に動けるだろう。だからといって、下手なタイミングで逃げ出せば、相手の人質になってしまうかもしれない。
 そのあたりのタイミングを自分に任せてくれる、と言うことは、彼がそれだけ自分を信頼してくれていることだろう。キラはそう判断をした。
「いいこだ」
 優しい笑みと共に彼の大きな手が髪を撫でてくれる。
 しかし、それは次の瞬間、引き締められた。
「では、行こうか」
 この言葉を合図に彼は静かにドアを開く。そして、慎重に屋内へと足を進めていった。
 その後を、キラも適度な距離を保ちながら付いていく。
 しかし、奥から響いてくる音に、キラは違和感を感じてしまった。
「……キッチンを使っているのかな?」
 しかも、この規則正しい音から判断をして、料理をしているのではないだろうか。
「どうやら、さっさと帰ってきていたようだね」
 廊下の端に放り出されたように置かれている荷物を見て、ラウは肩から力を抜いた。見覚えがありすぎるそれに、キラも小さなため息をつく。
「ムウ兄さんとカナード兄さんが帰ってきたんだ……」
 どうせなら、事前に連絡をしてくれればいいのに……とキラは呟いた。
「まったくだな」
 もっとも、ムウにそれを求めるのは無理というものだ……とラウは言い返してくる。
「カナードにあの男を御せるわけはないしな」
 ともかく、本人に文句を言わずばなるまい。そういいながら、ラウはリビングへと入っていく。
「僕は、キッチンを見てくるね」
 買ってきた食材も片づけなければいけないから、とそんな彼の背中に向かって向かって声をかけた。
「頼んだよ」
 そちらは、とラウは言葉を返してくれる。
 その声に安堵を感じながら、キラは足早にキッチンに向かった。
「カナード兄さん?」
 入り口から中をのぞき込めば、彼の長い髪が確認できる。流石に調理中だからか、それはきちんと結ばれていた。
「キラ。お帰り」
 手を止めて、彼は笑みを向けてくれる。
「それは僕のセリフだと思うけど……せめて、事前に連絡だけは欲しかったかな?」
 そうしたら、買い物をしないで真っ直ぐに帰ってきたのに……と続けながら、キラは冷蔵庫の前に荷物を入れた袋を置く。
「すまなかった。てっきり、ムウ兄さんが連絡を入れていたと思っていたんだが……」
 考えてみれば、相手はムウ兄さんだったな……と彼がため息をついた瞬間だ。
「いい加減にして欲しいものですね、そのいい加減な性格は!」
 侵入者と間違えて攻撃をするところだったではないか。ラウがムウを怒鳴りつけている声がキッチンまでも響いてくる。
「……どうやら、本気で怒っているようだな……」
 カナードはそれを聞いて、肩をすくめた。
「本当、怖かったんだから……」
 それにキラはこう主張をする。
「これからは気をつける」
 流石に、これには申し訳ないと思ったのだろう。カナードはそういってくれた。
「そうしてくれたら、嬉しいな」
 自分宛でいいから、とキラは続けると、微笑む。
「ともかく、今日の夕食は任せておけ。兄さんがうるさくてな」
 それに頷き返すと、カナードは作業に戻る。キラもまた、生鮮食料品を冷蔵庫の中に片づけ始めた。