カレッジ内の空気が少しぴりぴりしているように感じるのは、自分の錯覚だろうか。
 そう思いながら、キラはラボへと足を向けていた。
「キラさん?」
 そんなキラの耳に、聞き覚えのある声が届く。
 視線を向ければ、レイとシンの二人が歩み寄ってくるのが見えた。そんな二人の背後には他の学部の少女達の姿がある。どうやら、ここまでの間でチェックを入れられていたらしい。
「おはよう、二人とも」
 迷わなかった? と笑いながら問いかける。
「とりあえずは……」
 シンがどこか憮然とした口調で言い返してきた。
「それはよかった。毎年、新入生が迷子になるんだよね」
 ナチュラルだろうとコーディネイターだろうと……とキラは笑みを深める。
「そうなんですか?」
 昨日とは違って、シンは微妙に壁を取り払っているような気がする。それはどうしてなのだろう。
「確かに、敷地は広いですが」
 レイも礼儀正しいが、やはりどこか親しげな態度を作ろうとしている。
「広いだけならそうじゃないけど……各ラボが、時々、許可を貰って建物を建てたり何かしているから」
 気が付いたら、木がなくなっていることもあったなぁ……とキラは続けた。道がなくなったよりも、そちらの方が驚いた……とも付け加える。
「……それは……」
 確かにインパクトがありますね、とレイも言葉を失った。それはきっと、プラント内部の《樹木》の重要性をよく理解しているからだろう。
「しかも、半日後には戻っていたんだよね」
 どうやら、何かのシステムの実験だったみたいだけど……とキラは付け加えた。
「システム、ですか?」
「そう……電磁偽装、とか言っていたかな? 見せたくないものを一時的に隠すための実験とか聞いたけど」
 説明を聞いたけれど、よくわからなかった……と正直に口にする。
「どうしても専門外のことは苦手なんだよね」
 理解できていれば、きっと楽なんだろうけど。こう続けて苦笑を浮かべた。
「そうですね」
 確かに、とレイも頷いてみせる。
「話があるなら、歩きながらにしようか」
 そろそろ行かないと、遅れるから……と促すように問いかけた。
「俺は構いません」
「……行かなきゃないんだろう?」
 二人はそれぞれの言葉で同意をしてくれる。
「なら、そうしよう」
 言葉とともにキラは歩き出す。その両脇をシンとレイが付いてきた。
「……あんたの書いた論文、凄かった……」
 ぼそっとシンが不意にこう言ってくる。
「読んでくれたの?」
 問いかければ、彼は小さく頷いて見せた。
「昨日のことが気になったから」
 確かに、自分はゼミのメンバーのことは何も知らないし……とそうも続ける。だから、まずはキラの論文から手をつけてみたのだ、と彼は付け加えた。
「そうなんだ。でも、あれも、みんなの協力がなければかけなかったんだよね」
 データーを集める手伝いをして貰ったんだ、とキラは言い返す。
「他のみんなの論文も面白いよ」
 得意分野が異なっているから余計に、と付け加えれば、シンは、
「……読んでみます……」
 と、渋々ながら言葉を返してくれた。
「面白いよ。特に、外骨格の関節の駆動に関してのレポートは、参考になると思う」
 これから自分たちがしようとしている実験の内容に大きく関わってきているから、とキラは笑う。
「と言うと、研究室にあったそれですか?」
「そう。あれには、教授の手は入ってないんだ」
 助言はして貰っているけど、とレイに視線を向けながら言葉を返した。
「あれを?」
 信じられねぇ、とシンが呟いている。
「僕たちだって、教授の講義を聞き流していたわけじゃないから」
 あの人は優秀だからこそ、ラボの生徒にも高度な内容を理解する事を求めるのだ。
 もっとも、そのせいで自分が苦労していることは否定できないけど……と心の中で苦笑を浮かべる。
「でも、僕たちの成果は、きちんと認めてくれるよ。僕もサイも、教授のおかげで特許を持っているし」
 他の者達も、それぞれ申請中だ……と告げた。
「……って事は、あんなでもみんな、凄いのか……」
 少し、認識を改めておかないと……とシンは呟く。
「だから言っただろう?」
「……そうは言うけど、ナチュラルだから……」
 どうしても偏見を捨てられなかったのだ、とシンはレイに言い返している。
「ナチュラルにも有能な人材はいる。ときには、コーディネイターをしのぐ人材もな。それを直に見てこいと言われただろう?」
 二人の会話から、それが留学の目的なのか、とキラは推測をした。
 なら、せめてミリアリア達だけでいいから、認めてくれればいい。そうも考えていた。