キラがキッチンへ向かったのを確認して、ラウは表情を一変させた。
「まさか、そういう手段に出てくるとは、ね」
 自分たちのことを知っているのか。それとも、偶然なのか。それによって対処法が変わってくる。
 だが、とラウは目をすがめた。
「少しでも、キラの側にいられるようにしておいた方がいいだろうね」
 いざというときにすぐに動けるように。
 あちらが何を考えているのかわからない以上、用心をしておくべきだろう。キラにも言ったが、幸い、そのための口実はある。それがなくても、裏から手を回して貰うことは可能だろう。
「目的があの子でなかったとしても……気が付けば、絶対に動くはずだ。」
 あの子を手に入れるために、とため息をつく。
「そうなる前に、一度、この地を離れるべきなのかもしれないが……」
 キラがそれを希望しないだろう。だから、と呟きながら立ち上がる。
「まずは、どこに連絡を入れるべきか」
 大学に入れるよりも先に手を回してもらえるように依頼した方がいいだろう。でなければ、キラから遠い場所に追いやられてしまう可能性もある。
「あの子が忙しくなければ、協力と称して引き抜くんだがね」
 だが、キラの話からでも十分にあの子が忙しいのは推測できた。
 実際、キラがいるラボはこのカレッジの中でも一二を争う成果を上げている。そうである以上、あの子の手が空くことはないだろう。
 何よりも、カトー教授が手放すはずがない。
 だからといって、これ以上の負担をキラに強いるのは不本意だ。
「あの子が優秀なのは嬉しいが……なかなか難しいものだね」
 ともかく、と呟きながら、端末に手を伸ばす。
 まるでそれを待っていたかのように端末が着信を告げた。
「……誰、だ?」
 こんなときに、とそう思ってしまう。
 ここへの連絡方法を知っているのは、ごく僅かだ。キラの友人達や学校からの連絡はあの子の個人端末へと繋がるようになっている。もちろん、自分の仕事関係もだ。
 それでも、無視をするわけにはいかない。
「ムウか、カナードであればいいが」
 オーブ本土からのそれでなければそれほど悪い情報ではないはずだ。
 それでも、あまり嬉しくないな。こう考えながら、回線を開く。
『元気そうだな』
 その瞬間、モニターに現れたのは、ある意味、会いたくなかった相手だ。
「……ウズミ様……」
 だが、彼は直接連絡を入れてきたと言うことは、何か厄介なことが起きた、と言うことではないだろうか。
「どうかなされましたか?」
 キラに聞こえないように声を潜めながら問いかける。
『そんなに警戒しなくてもいい』
 それに、彼は柔らかな笑みを返してきた。
『しばらく、そちらにホムラが滞在する。表向きはモルゲンレーテの視察だが、ね』
 言外に、今回の一件が絡んでいると彼は告げて来る。
『それと……これは確定ではないが、地球軍が気にかかる動きをしているそうだ』
 自分としてはそちらの方が気にかかる、と彼は続けた。
「わかりました」
 確かに、そうかもしれない。
 少なくとも、プラントのものであれば《キラ》を傷つけることはないだろう。
 しかし、地球軍――ブルーコスモスはそんなことを気にすることはない。自分たちの利益のためにあの子の自由意志を奪うこともためらわないだろう。
 実際、過去に実例があるのだ。
 もう、あの時のようなあの子の姿は見たくない。
「とりあえず、こちらに来られるオーブ軍のどなたに連絡を取ればよいのでしょうか?」
 ホムラに連絡を取ることが難しいときには、とそう問いかける。
『トダカが行く。彼であれば、君達も顔を知っているだろう?』
 確かに、とラウは頷く。
「ご配慮、ありがとうございます」
『気にしなくていい。それよりも、時間を作ってたまにはこちらも顔を出しなさい』
 でないとあれを抑えておくのが難しい。そう付け加えられて、苦笑を浮かべる。
「後でキラに、あの子にメールを出すように伝えておきます」
 それだけでも、彼女の暴走を抑えることが出来るのではないか。そう付け加えれば「そうだな」と言い返してくる。
『サハクの双子もいつでも動けるようにしているそうだ。少しでも異常を感じたら構わずに連絡をするように』
 キラを失うよりは空振りの方がマシだ。そういってくれる彼は心強いと言っていい。
「わかっています」
 自分たちだって、あの日々を繰り返すのはごめんだ。だから、とラウは頷いてみせる。
『では、そろそろ。カガリに気付かれるとそれこそ大騒ぎになるからな』
 キラがそちらのカレッジに進学すると告げただけで、とんでもない騒ぎをしてくれたことを思い出せば……とウズミは苦笑を深めた。
「そうでしたね」
 だが、あの時の騒ぎの方がまだ可愛いものではないか。そう思ってしまうのは、間違いなく、レベルの違いだろう。
『また、ゆっくりと話が出来るのを楽しみにしているよ』
 言葉とともにウズミは通信を終わらせる。
「どうやら……事態は動き始めてしまったようだね」
 ため息とともにラウは呟く。
「君達が帰ってきてくれるのがこれほど待ち遠しいのは初めてだよ」
 しかし、これで根回しの手間が省けたことも否定できないね……と付け加えながら、彼は体の向きを変える。そして、そのまま先ほどまで座っていたソファーへと戻った。