前に月に来たときは、ゆっくりとドームの中を確認することなんてできなかった。いや。そもそもドームに入ることはなかったな、とシンは思う。
「あそこか……」
 モニターからその場所を確認するが、もうあの時の痕跡はない。
「あぁ……アスランがシン君達を拾ってきた場所?」
 シンの呟きをしっかりと耳にしたのだろう。キラがこう問いかけてくる。
「そう」
 もう、何も残っていないな……とシンは頷いた。もっとも、残っていてもやばいに決まっていたが。デスティニーはもちろん、インパルスだってザフトの機密をこれでもかというように詰め込んだ機体だったのだ。そんなものがテロリストの手に渡ってしまったらどうなるかわかるものではない。
「あの時のアスランが、まだ、普通の判断ができる状況でよかったわね」
 くすくすと笑いながら、ミリアリアが口を挟んでくる。
「少し前だったら、絶対に無視するわよ、あの男」
 むしろ、自分が穴を掘ってシンを埋めてしまうかもしれない、と彼女は付け加えた。
「ミリィ……」
「恐いこと、言わないでくださいよ」
 確かに、あのころのアスランならやりかねないだろうな……とシンは思う。
 あのころのアスランは、好きがあれば自分を殺したいと思っていたはずだ。それができなかったのは、まだ彼にも理性が残っていたのと、優先すべきことがあったからだろう。
 そう考えれば、幸運なのだろうか。
「そういう状況になっていたら、できる限り邪魔していたけどね」
 シンにいなくなられていたら、非常に困ったから……とキラが口を開く。
「そういえば、そうよね。シン君がいなければ、キラのスケジュール管理と体調管理が大変だったわ」
 そこまで面倒見られなかったかもしれないし、とさりげなく失礼とも言えるセリフをミリアリアは口にした。
「そこまで迷惑はかけていなかった、と思うけど……少なくとも、ミリィには」
 キラはキラで、抗議にもならないセリフを言い返している。
「まぁ、ね。あのころよりはましだったわね」
 一番ひどかった時期は、声をかけても食べてくれないし眠ってくれなかったから……と彼女は頷く。
「ということは、安眠枕君の効果は覿面だった、ということなのね」
 安眠枕、というのは、自分のことなのだろうか。シンは思わず心の中でこう呟いてしまう。
「だって、ミリィに頼むわけにいかなかったでしょ。それこそ、ディアッカに決闘を申し込まれるよ」
 安眠枕役、とキラは笑いながら言い返した。
「何で、そこにあいつの名前が出てくるのよ!」
 キラの反撃に、ミリアリアが慌てたようにこう叫ぶ。
「なんでだと思う?」
 にっこりと微笑みながら、キラが言い返した。
 この勝負、キラの勝ちだよな……とシンは心の中で呟いてしまう。
「……やっぱり、あいつが悪いんだわ」
 どうせ顔を合わせることになるんだから、一発殴ってやる……とどう考えても八つ当たりとしか言いようがないセリフを彼女は呟く。
「だから、諦めればいいのに、ミリィも」
 そして、キラはキラで、そんな彼女の怒りをさらにかき立てるようなセリフを口にしていた。
 それはどうしてなのだろうか。
 いつものキラであれば、そんなことしないのに……とシンは思う。
「キラ!」
「ミリィの八つ当たりの相手って、ディアッカだけでしょう?」
 他の人にはしないよね〜、とキラはさらに言い返す。
「……そうだった?」
 どうやら、本人はまったく気付いていなかったらしい。こっそりとキラに確認を求めている。
「うん」
 多分、他の人も気付いていると思うよ、とキラはさらに付け加えた。
「だよな。俺も気付いてたし……ルナもメイリンもそういっていた」
 ということは、当然、大人組も気付いていると言うことだろう。それ以上に厄介な存在も、だ。
「……めちゃくちゃ、まずい状況じゃない、それ」
 まだ自分たちの仲間だけならばいい。自分がどうして前に踏み出せないか、よく理解しているからだ。ミリアリアはそう呟く。
 しかし、あの二人ではそうはいかない。
「僕の方が片づいちゃったからね。そろそろ、お節介の虫が別方面に向く時期じゃないかな」
 あはははは、とキラが笑いとともに付け加える。
「あの二人が結託したら、他の人たちも右に倣えするじゃない」
 そして、ディアッカが一番暴走するに決まっている! とミリアリアは断言をした。
「シン君とは違うのよ、あいつは」
 待てもお預けもできないの! と彼女はさらに付け加える。
「俺は犬ですか……」
「そうはいってないわよ。貴方の理性を信用していただけ」
 ぶすくれているシンに向かって、ミリアリアは微笑みとともにこう告げた。
「貴方の場合、いきなりキラを押し倒すなんてしないでしょう? キラの許可が出ないうちは」
 だから、待てもお預けもできる、といったの……と彼女は付け加える。それはほめられていると見ていいのだろうか、とシンは悩む。
「でも、ディアッカの場合違うからこまるの」
 本当にあいつは……と告げる声音が、決して怒っているように思えないのは自分だけだろうか。
「……でも、いい加減きちんと決着を付けないと、あの二人がしゃしゃり出てくるよ」
 本気で、とキラは首をかしげた。
「わかっているわよ」
 でも、もう少し時間が欲しいの……とミリアリアは言い返す。
「ミリィがそういうなら、二人にはそういっておくけど……その分、こっちにしわ寄せが来るかな?」
 その時は諦めてね、とキラはシンに視線を向けてくる。
「キラさんがかばってくれるんだろう? なら、いいよ、俺は」
 こう言ってシンは微笑む。
「もちろんだよ」
 キラの返事に、シンはさらに笑みを深めた。
「はいはい。ごちそうさま」
 あなた達に話を振ったのが間違いだったわ、とミリアリアがため息をつく。
「悔しかったら、さっさと腹をくくるんだね」
 間違いなく、キラの一勝。シンは思わず拍手をしてミリアリアににらまれてしまった。