「……痛い」
 ベッドの上に横になりながら、キラはぶつぶつと文句を口にする。
「ごめん……暴走しちゃった……」
 気持ちよかったから……といいながら、シンがそっとキラの目元に濡れたタオルを当ててくれた。泣きすぎて腫れぼったくなったそこに、それは気持ちよいと感じられる。
 他にも、あれこれシンはキラの世話を焼いてくれた。
「いいよ」
 そんな彼の様子を見ていれば、いつまでも怒ってはいられない。それに、彼に許可を出したのは自分だから、とキラはため息をつく。
「キラさん?」
 どうかしたのか! とシンが慌てて飛んでくる。
「何でもないよ」
 ため息を聞かれたのか、と心の中で呟きながらキラは言葉を返す。
「本当?」
「本当だって」
 信用ないな、と苦笑を浮かべてしまう。もっとも、ある意味それもなれた反応ではある。少なくともアークエンジェルで一緒だったメンバーは、キラの言葉の裏まで確認しようとしてしつこくも確認してくるのだ。
 しかし、シンにまで同じような行動を取るのはどうしてなのだろうか。
「だって、キラさん……笑顔で無理するじゃん」
 よく、行き倒れてたし……とシンはさりげなく付け加える。
「……そういえば、そうだったね」
 シンがまだ、自分の警護に就いてくれる前までは、よくそういうことがあった。それをフラガやバルトフェルドが拾ってベッドに放り込んでくれていた。
 もっとも、シンが常に側にいてくれるようになってからは、彼がしっかりと時間を管理してくれているから、廊下で行き倒れることはなくなったが。
「放っておくと飯は食わないし……多少体調が悪くても無理するじゃん」
 ここに来てから、あれこれ迷惑をかけているからだろう。シンにあれこれ知られている以上、いいわけもできない。
「というわけで、本当に何でもないのか?」
 何かあるなら、ちゃんと教えろ……とシンは付け加える。
「腰も、のども痛いだけだよ」
 でも、これはしかたがないことなんでしょう……と付け加えれば、シンはいきなり頬を赤くした。
「ごめん、キラさん」
 瞳の色とどちらが赤いだろうな、訳のわからないことを考えてしまっているキラの耳に、シンのこんな声が届く。
「気にしなくていいよ。君を受け入れるって決めたのは、僕自身だし」
 あそこまで性急に事を運ばれるとは思ってもいなかったけど……と苦笑とともに付け加える。
「キスだけ、でやめる予定だったんだけど……触れたら、止まらなくなったんだよ」
 そういいながら、彼は恥ずかしいの視線を彷徨わせ始めた。そんな様子が可愛いと思ってしまう。
「シン君」
 その気持ちのまま、キラはシンを手招く。そうすれば、彼は即座にキラの元に駆け寄ってきた。そんな様子が、まるで飼い主にほめてもらいたい子犬のようだと感じてしまうのは何故なのだろうか。
 小さな笑い声が唇から漏れてしまう。
「キラさん?」
 どうかしたのか、とシンがキラの顔をのぞき込んできた。そんな彼の唇に、キラは自分のそれを一瞬だけ重ねる。
「キ、キラさん!」
「大好きだよ、シン君」
 だから、おかゆ作って持ってきて。お腹空いたから……とちょっとわがままを言ってみた。
「おかゆ? いいですよ。味付けは、何がいいですか。塩鮭とか梅干しとかもいります?」
 ぱっと顔を輝かせると、シンはこう言い返してくる。
「……梅干し……って、あるの?」
 オーブでも、一部の人間しか食べないのに、とキラは首をかしげた。カリダにしても、父と結婚するまでは食べたことはもちろん、見たこともなかった、といっていた。もっとも、今は自分で作れるようになっているようだが。
「あるよ。この前、ちょっとぼやいたら送ってくれた奴がいるから」
 本当にあれこれ送って寄越すとは思わなかったけど、とシンは笑う。まぁ、目的は自分ではなくキラだろうが、と付け加えられて、その送り主が誰なのかわかってしまった。
「……カガリなら、母さんが作ってくれたものかな」
「かもしれないな。食べてみればわかるんじゃないか?」
「そうだね」
 カリダの手作りなら、食べれば一発でわかる、とキラは頷く。
「じゃ、作ってくるけど……その間、一人で大丈夫?」
 しばらくかかるぞ、とシンは問いかけてきた。
「大人しくねているよ」
 くすり、と笑いを漏らすキラに安心したのだろう。シンは勢いよく立ち上がった。
「すぐ、戻ってくるから」
 こう言いながら、シンは駆け出そうとする。しかし、何かを思いついたかのように足を止めた。
「シン君?」
 どうしたの? とキラは彼に問いかける。
「忘れてた」
 この言葉とともに、シンは戻ってきた。そして、ポケットから何かを取り出す。
「端末?」
「そう。何かあったら、ボタン押してくれ」
 すぐにくるから、と彼は微笑む。
「ありがとう」
 いったいいつの間にこんな物を用意したのだろうか。そう思いながらキラはそれを受け取ろうと手を差し出した。
 次の瞬間、シンの顔が間近に迫ってくる。そう認識した瞬間、キラの唇は彼のそれにふさがれていた。
「シン君!」
「さっきのお返し」
 じゃ、大人しくしているんだぞ、とシンは笑う。そして、今度こそ部屋を出て行く。
「……もう」
 こう呟きながらも、キラは何故か自分の唇に指先で触れていた。