しかし、この状況は何なのだろうか、とシンは思う。
「……何で、俺が……」
 というよりも、自分にこんなことを任せていいのか……と思ってしまう。
 一時期は、本気で殺そうとまで考えていた相手だぞ、とも。もちろん、今はそんなことはまったく考えていない。それでも……と思うのは自分がおかしいのだろうか。
「まぁ……嫌なわけじゃないからな」
 というよりも、むしろ嬉しい。
 こんなことを考えながら、シンはあるドアの前で足を止める。そして、壁に取り付けられた端末へと手を伸ばした。
「キラさん、シンです」
 そして、そのまま中に呼びかける。
「バルトフェルド隊長が用事があるといっていましたよ」
 出てきてください! と付け加えるのだが、中から返事は戻ってこない。それはどうしてなのだろうか。
 あるいは、まだ眠っているのかもしれない。
「……ここ二、三日忙しかったからな」
 下っ端である自分たちでさえそう感じたのだから、責任者であるキラはなおさらだろう。彼の場合、ここのシステムも構築しているのだ。その関係で、ここ数日、ろくに眠っていなかったらしい。
 本音を言えば、自分から起きてくるまで眠らせてやりたい、とは思う。
 しかし、それができない状況らしいのだ。
「キラさん!」
 だから、どうしても起きてもらわなければいけないのだが、何度呼びかけてもキラからの返事はない。
「……勝手に入っていい……て言われたけど……」
 でも、とシンは悩む。だが、キラを連れて行かなければならない……と言うこともまた事実なのだ。
「怒られたら、責任を取ってくださいよ」
 バルトフェルド隊長、と自分にこの役目を押しつけた相手に向かってシンは呟く。そして、教えられたとおりの暗証番号を押してドアのロックを外す。
「本物だったのかよ」
 暗証番号は……とシンは呟く。もちろん、偽物であれば、この状況で何の役に立たないと言うこともまた事実だ。それでも、まさか本当に教えてくれるとは思っていなかったのだ。
「本当、わけわかんねぇ」
 キラの存在もだが、フラガやバルトフェルドが何を考えているのかもわからないな……と心の中で呟きながらもそっと部屋の中をのぞき込む。だが、やはりキラが起きている様子はない。
 ベッドの上にこんもりと盛り上がっているものが見える。そこにキラが寝ているのは間違いないだろう、とシンは判断をした。
「失礼します」
 本人に聞こえていないだろう、とは思いつつも、シンはこう声をかける。そうしてからキラの部屋に足を踏み入れた。
 キラの性格なのだろうか。室内にはものが少ない。いや、キラ自身の私物が少ない……と言った方が正しいのか。立場上必要だろうと思われる書類や機材の間に辛うじていくつかそれらしき物が見えるといった状況だ。
 だが、今はそれを詮索している場合ではない。
 ベッドのそばに歩み寄ると、そっと毛布のふくらみに手を添える。そのしたからぬくもりが感じられるところから判断をして、間違いなくキラがこの中にいる。
「キラさん! 起きてください」
 軽く揺すりながら、シンはこう呼びかけた。
「バルトフェルド隊長が呼んでいますよ」
 だから起きてください、とさらに言葉を重ねる。
「……後、五分……」
 そうすれば、毛布の中からこんな声が聞こえてきた。
「三分でもいいから……」
 寝かせて、とキラの声は続く。
 やはり疲れているのか、と思う。
「お願いだから、起きてくださいよ」
 それでも、起きてもらわなければいけない。そう思って、シンはキラを揺する腕にさらに力をこめる。
「でないと、俺がバルトフェルド隊長に怒られます」
 さすがにそれは願い下げなんですが……とシンは付け加えた。その結果、他の連中にあれこれ言われるのはいやだし、とも。
 もちろん、それはあくまでもキラに起きてもらうための口実だ。
「……う〜〜っ……」
 仕方がない、というように、キラはもぞもぞと毛布の中から顔を出す。その眼の下にしっかりと隈が刻まれている。その事実に、シンは少しだけ眉を寄せた。
「ごめん……シャワー浴びてくる……」
 しかし、キラはその事実に気が付かなかったらしい。それはいいのか悪いのか。シンはそう思いながらも、毛布を身に巻き付けながらずるずると歩いて行くキラを見送る。
「……中で倒れなければいいんだけど」
 不安定な足下に不安を感じながら、シンはこう呟く。
「いくらなんでも、そんなことはないよな……」
 普段のキラの様子から考えれば、と口の中だけで付け加える。
 だが、今のキラはまだ寝ぼけている状況だ。そう考えれば、不安はさらにふくらんでくる。
 自分も付いていけばよかっただろうか。
 こんなことまで考えてしまうほどだ。
「でも……さすがに、それは」
 キラの方がいやがるよな、とシンが苦笑を浮かべた、まさにその時である。
「えっ?」
 シャワーブースの方から何か鈍い音が響いてきた。
 それは、何かが倒れるときのそれに似ているように思える。
「まさか……」
 予想が現実になったのか、とシンは呟く。
「キラさん!」
 礼儀も何も放り出して、シンは大急ぎでシャワーブースに飛び込んでいった。