「……笑わないでください……」
 とキラはため息混じりにこう呟く。
「いや……まさか本当にそんなことをしてくれるとは思っていなかったからな」
 確かに、ここしばらく寝不足だったようだが……とまだ肩を振るわせながらバルトフェルドは口にする。
「ダメでしょ、キラ君。いくらコーディネイターとはいえ、打ち所が悪かったら死んじゃうのよ?」
 そんな恥ずかしい死に方をしたいの? とマリューはマリューで口にしてくれた。
「まぁ、昔はシャワー浴びながら爆睡してくれていたからな。何度俺がブースから引っ張り出してベッドに放り込んでやったことか」
 男の裸を見ても楽しくなかったんだがな……とフラガがとどめを刺してくれる。
「……そうなんですか?」
 しかし、シンはシンで別のことに引っかかってくれたらしい。
「そうそう。まぁ、あのころはいろいろとあったからな」
 パイロットといえば、二人だけ。しかも、MSを操縦できたのは《キラ》だけだった。そう考えれば、負担が大きかったことは否定できないがな……とフラガは言い返す。
「だから、俺もできるだけフォローをしてやっていたんだが」
「……万年人手不足だったものね、アークエンジェルは」
 最近、ようやく十分すぎるほどのクルーが集まったけど、とマリューも付け加えた。
「ともかく……」
  ぬるくなってしまったタオルを額から外してまだ冷たい面を出そうとしながらキラは口を開く。
「キラさん、こっち」
 脇からのびてきたシンの手がタオルを取り上げると、代わりに新しいものを渡してくれる。
「ありがとう」
 お礼の言葉を口にすれば「当然のことです」と彼は言い返してきた。それに頷き返すと、キラは改めて三人に視線を戻す。
「それで、何があったのですか? 確かに寝坊はしましたけど……シン君を呼びに寄越さなければならない事態、というのがわからないのですけど」
 言外に、フラガやバルトフェルドであれば対処できたのではないか、と問いかける。
「ラクスとカガリがお前に話がある、といってきたんだよ」
 さすがに、それは自分たちではどうすることもできない……とバルトフェルドが苦笑を浮かべながら続けた。
「カガリとラクスが?」
 ということは何かあったのだろうか。
 こう考えて、キラは思いきり顔をしかめる。
「多分、お前が考えていることとは違う理由だ、と思うぞ」
 単に我慢できなくなっただけだろう……とバルトフェルドが笑いながら口にした。
「そういうところだろうな、今一番可能性があるのは」
 状況の確認という名目だろうけどな……とフラガも頷いてみせる。
「だから、お前でないとダメなんだよ」
 本当はもう少し寝かせておいてやりたかったんだが……と彼は口元の苦笑を深めた。しかし、あの二人であれば、キラが相手をしないと納得をしないだろう、とも。
「……と言うことは、だ」
 不意にバルトフェルドがおもしろがっているのか面倒くさがっているのか――あるいはその両方かもしれないが――わからない表情を作る。
「あれはもっとやばい状況かもしれない、ということだな」
 最近は定期報告にキラが出ていなかったから……と彼は口にした。
「アスランですか……」
 思い当たる人間と言えば彼しかいない。
「……あの人、そんなにひどいんですか?」
 不意にシンがこう問いかけてくる。
「ミネルバにいたときから『キラ、キラ』うるさかったですけど」
 鬱陶しいくらいに……と彼は締めくくった。
「……あいつは……」
 相変わらずだったのか……とフラガは苦笑を浮かべる。
「まぁ、わかっていたことではあるな」
 もっとも、それだからといって許せないこともあるが……とバルトフェルドが言ったのは、彼もあの時の会話を耳にしていたからだろう。
「ともかく、ここに入れないように指示を出してあるから、あれが暴走しても大丈夫だと思うがな」
 いくらインフィニット・ジャスティスでも単独で大気圏を抜けるのは不可能だろうからな、とバルトフェルドは締めくくる。
「というわけで、そろそろ時間だが……消えなかったか」
 額のあざは……と彼は笑いながら口にした。
「そんなに目立ちますか?」
 あざが消えないのはかまわないのだが、そのせいでカガリ達が騒ぐのは困る。そう思ってキラはこう問いかける。
「大丈夫よ。前髪で隠れると思うわ」
 でも、気を付けないと見えてしまうからね、とマリューが告げた。
「わかりました」
 夢中になったり考え込んだりしないようにしないと……とキラは心の中で呟く。そうなれば、自分が肝心なことを忘れてしまいかねないことをちゃんと自覚しているのだ。
 だからといって、治せるものでないことも事実。
「面倒な話でないといいな……」
 だったら、何とかなりそうなんだけど……とキラは付け加える。事件が起きていないなら大丈夫だろうとも思うが。
「大丈夫ですよ、キラさん」
 ちゃんとフォローしますから、とシンが声を声をかけてくれる。それに頷くと同時に、モニターに見慣れた姿が映し出された。