緊張しているのはキラだけではない。
 シンだって、同じように緊張していた。もっとも、それをキラに知られないように、必死に抑えていたと言うことも事実。
 ばれたら格好悪いかも。
 ただそれだけの理由でだ。
 そっと盗み見れば、部屋に戻ってきてもまだ書類を確認しているキラの横顔が微妙に強ばっているのがわかる。
 いや、それだけではない。
 シンが動けば、キラの体が微妙にすくむのだ。
 はっきり言って、気まずい。
 その理由が何であるのかわかっているからこそ、余計に、だ。
「……お茶、淹れるな。飲むだろ?」
 こうなれば、最後の手段を使うしかないか。そう思いながら、シンはキラにこう問いかける。
「うん」
 この言葉には、キラもかす中微笑みを浮かべてくれた。その頬が微かに引きつっていることだけは気になったが、それはそれでかまわないだろう、とそう思う。
「紅茶で、いいよな」
「そうだね。コーヒーだと、眠れなくなるかな」
 紅茶でも危ないけど、ミルクティーなら大丈夫かもしれないし……とキラが言葉を返してくる。それには、シンを疑う気持ちはみじんも感じられない。
 その事実は嬉しい。
 反対に、これから自分がしようとすることに関して、少しだけ良心の呵責を感じてしまう。
 でも……とシンは思い直した。
 キラが緊張をしていれば、それだけ辛くなる。
 だから、彼等もこれを差し入れてくれたのだろう。
 最終的に、キラの怒りが自分たちに向くかもしれない。それがわかっていても、だ。
 そういう意味でも、彼等は間違いなく自分よりも《大人》でキラのことを心配している。だからこそ、ある意味、余計とも言える気遣いを見せるのだ。
「……確かに過保護かも」
 キラに限定しては、だ。今回は、たまたまキラの視線の先に自分がいるから、彼等の過保護ぶりがこちらにも向けられているのではないか。そんなことも考えてしまう。
 でも、今回だけは本気でありがたいかも、とそう考えていた。
 いざというときにキラが緊張でどうにかなってしまう可能性だってある。そんなことはないと思うが、そのせいで心臓が止まってしまってはこまるのではないか。そうも考えてしまうのだ。
 だから、少しだけ緊張を解いてもらおう。
 これにはそういう作用があるという話だし……と思いながら、シンはポケットの中から小さな小瓶を取りだした。
「シン君?」
 何、それ……とめざとく見つけたキラが問いかけてくる。
「ウィスキー。紅茶に入れるといい香りがするって、ジュール隊長から聞いたから」
 コーディネイター用だから酔う可能性もあるけどな、と付け加えながら手渡してくれたのはディアッカだ。それを黙認していたのがバルトフェルド達。
 ということで、これから自分がしようとしていることの片棒をしっかりと担いでもらおうじゃないか。シンは心の中でそう呟いた。
 キラを幸せにすること。
 それは自分たちの共通した思いだし、とそうも思う。
 その間にもシンの手は滑らかに動いてお茶を淹れていく。
 自分がこんな風にお茶を淹れるようになったのは、そういえば同室者の影響だったな。今更ながらにシンは親友と呼んで差し支えなかった相手の顔を思い出していた。
 相手が自分を協力させるために近づいたのだとしても、彼がいてくれたおかげで乗り越えられてきたものがあることも事実。
 キラにとってのアスランのような存在だったかもしれない。
 こんなことを考えてしまうのも、少しでも緊張や何かから意識をそらしていたいからだ。
 でなければ、何をしでかしてしまうか自分でもわからない。これがシンの本音だ。
 はっきり言って、今の自分は戦場にいた頃とは違った意味でぎりぎりの場所に経っている。それは自分でも自覚していた。
 しかし、あのころのように力だけで全てを解決できないと言うこともシンは気づいている。そんなことをすればキラに嫌われてしまう、ということもだ。
 それなのに、今自分がしていることは何なのだろう。
 思い切り矛盾をしているように思えるが、それでも基本は一緒なのだ、とシンは心の中で呟く。
「キラさん、はい」
 キラに嫌われたくない。彼を傷つけたくない。ただそれだけだ。
「ありがとう」
 ふわりと、キラが微笑みを浮かべる。
「本当、いい香りだね」
 イザークは紅茶にはうるさいから、と彼は付け加えた。
「初めてやってみたけど、そうだな」
 落ち着く、とシンも頷いてみせる。
 ひょっとしたら、自分の中の緊張を和らげる作用もしてくれているのだろうか、この香りは。それを見越してのアドバイスだったのかもしれない、とシンは気付く。
 自分の方はあくまでも香り付けだけだからこそ、そうも言える。
 しかし、キラの方は、実は紅茶と同量のアルコールをカップの中に入れているのだ。
「キラさん」
 それが彼にどんな作用を与えているのだろう。それが恐い。
「何?」
「仕事、もう少し、かかる?」
 さりげなさを装って、シンはこう問いかけた。
「だいたいは終わったかな。でも、最後までやってしまえば、明日が楽だよね」
 キラの言葉のうらにはやはり行為をためらっているような感情が見え隠れしているように感じられるのは自分だけだろうか。
「そうなんだ」
 小さなため息とともにシンはこう呟く。
「……別に、嫌なんじゃなくて……明日、動けなくなったら、困るでしょう」
 その言葉をどう受け止めたのか。キラは慌ててこう告げる。それは、キラの本心のようにシンには思えた。
「わかってるって」
 微笑みとともにシンは頷き返す。
「いいこで待っているからさ。キス、だけさせてよ」
 ね、とは付け加える。
「本当に君は……」
 少しあきれたように付け加えながらも、キラは言外に許可をくれた。