それでも、時間はゆっくりと過ぎていく。
 大きな事件にはならなかったが、自分たちが出撃をしなければいけないような自体も何度かあった。
 しかし、それもようやく手にした平和を壊すものではない。
 だからといって、連携をおろそかにするわけにはいかないだろう。大西洋連合の方も落ち着いて、次の会合の時には代表者が参加をしてくると言う話になった。それは、逆に言えばカガリやラクスの警護をさりげなく厳重にしなければいけないと言うことなのだろうか。
 キラがそう考えていたときだ。
「キラさん!」
 何やら紙を持った手を振り回しながら、シンが真っ直ぐに駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
 一瞬、何か厄介ごとが起きたのか、とそう考えてしまう。しかし、シンの表情から判断をして違うようだ。
「見てください!」
 キラの側で止まったシンは、こう言いながら手にしていた紙を差し出してくる。
「何の書類?」
 反射的にそれを受け取ってしまうのは、きっと、毎日書類に追われているからかもしれない。視線を手の中の書類に落としながら、キラはそんなことを考えてしまった。
「……身体検査の結果?」
 それも、シンのものだ。
「特に異常はないようだけど……」
 どうかしたの? と付け加えながら、じっくりと数値を確認していく。
「身長!」
 そんなキラの態度に焦れたのだろうか。シンが叫ぶようにこう言ってくる。いや、それだけではなく、指先でその項目を指した。
「身長?」
 それがどうかしたの? と思いながら、視線を向ける。
「……あっ」
 数字を見た瞬間、シンが何を言いたいのかキラにもわかってしまった。
「十センチ、高くなったよ、キラさん」
 嬉しそうにシンは、こう報告をしてくる。
「そうだね」
 いずれは大きくなるだろうとは思っていたが、まさかこんなに早かったとは……とキラは心の中で呟く。心の準備をするのにもう少し時間が欲しかったんだけど、とも付け加えた。
「ということで、約束」
 期待に満ちた眼差しでシンはこう言ってくる。そんな彼の様子は、まるで餌の前でお預けを食らっている子犬のようで可愛い。しかし、彼の言う約束の内容は、決してそういえないものだ、ということもわかっていた。
「うん。覚えてるよ」
 そして、それは自分が言い出した、ということもだ。
「でも……今じゃなくても、いいよね」
 さすがに、ここではまずい……とキラは視線を彷徨わせながら呟く。
「わかってるって」
 そこまで常識捨てないって、とシンは笑う。そのままゆっくりとキラの体を自分の方に引き寄せた。
「だから、今晩、部屋に行っていいよね」  そして、耳元でこう囁いてくる。
「シン君」
 だから、どうしていきなりそんな声を出すのか。いつもの声のトーンよりも微妙に低い。それが、キラの中で何かを刺激してくれた。
 同時に、反則だろうとも思う。
「わかったから……」
 取りあえず放して欲しい、とキラは口にする。
「でないと、こっちの書類がしわになる」
 そんなことになったら、バルトフェルドに何を言われるかわからない。彼だけならまだしも、他のメンバーにまであれこれ広められるのは困る。
「……それはまずいか、やっぱり」
 書類のサブジェクトを見たのだろう。シンもため息をつく。
「でも……」
「逃げないから、僕は」
 だから放して、とキラは改めて口にした。そうすれば、渋々ではあったがシンはキラの体を解放してくれる。
 それでも、側から離れようとしないのはどうしてなのだろうか。
「逃げないって言ったのに」
 信頼してくれないのか、とキラは問いかける。
「違うって。たんに側にいたいだけ」
 嬉しいから、とシンは付け加えた。
「……シン君?」
「だって、さ」
 ようやっと、キラとそういうことができるんだし……とシンは顔を真っ赤にして口にする。
「キラさんの側にいられるだけで、嬉しいけど……やっぱり、一番になりたいもん、俺」
 もちろん、自分だけがキラの《一番》に慣れるわけではない。だが、一番近いところに行くことは許されるのではないか。それが嬉しいから……とシンは付け加える。
 それが何を意味ししているのか、キラにだってわかった。
「シン君」
「だから、キラさんの側から離れたくねぇの」
 そういってシンは笑う。
「……ばか」
 こう言い返すものの、シンの表情にキラは心臓が高鳴るのを止められない。
「バカでいいよ」
 だから、ここに来ていいよな、といわれて、キラは小さく頷き返した。