「……何か……何かあってくれた方が平和かもしれないわね」
 今日もまた牛乳を片手にあれこれ作業をしているシンを見ながら、マリューが呟く。
「キラも頑固だからな。だが、自分で期限を区切ったようなもんだし……もう少し見守ってやるべきじゃないのか?」
 ついでに、あれこれ必需品を差し入れてやるか、とフラガは笑う。
「それで、キラ君の怒りを買っても知らないわよ」
 その時はフォローしないから……とマリューがしっかりと釘を刺してきた。
「まぁ、その時は甘んじて受け入れますよ」
 自分でまいた種だしなぁ……とフラガは付け加える。
「でも、二人ともそっち方面では初心者だし……キラが動けなくなると、非常にまずいと思うんだよな、俺としては」
 何だかんだ言って、現在、ここにいる者達は――程度に差はあれ――キラに心酔していると言っていい。オーブ軍やザフトのものだけではなく、地球軍から来た者達も、キラの指示でなければ動かないのだ。
 それは結束が堅い証拠だろう。キラが信頼してくれているとわかっているからこそ、自分たちの指示にも従ってくれている。今まで以上にやりやすい環境だ。
 しかし、と思う。逆に言えば、キラに何かあれば一瞬でにパニックに陥りかねない、ということになる。
「キラの場合、そういうことに関して素直に話を来てくれるとは思えないからな。まだまだ、好奇心旺盛のオコサマに知識を与えた方がいいだろうと思うだけだよ」
 どうせ、キラがされる方なんだから……と付け加えれば、マリューがあきれたようなため息をつく。
「本当に貴方って人は」
 いっぺん死にかけても治らなかったのね……と口にした。
「まぁ、それが俺だからな」
 それこそ、生まれ直しても治らない自信があるぞ……と笑えば、マリューは「好きにして」と手を振って見せる。
「だけどな、マリュー。まじめな話、体にかかる負担の方はキラの方がでかいからな。正しい知識を与えてやらないと、まじでまずいことになるぞ」
 そういうお節介ができるのは自分だけだろう、とフラガは付け加えた。
「そうね。それに関しては否定しないわ」
 貴方は思いきり経験豊富でしょうし……と言うのはイヤミなのだろうか。
「マリュー」
「まぁ、キラ君のためになっているから、貴方の経験も無駄ではなかった、という事よね」
 個人的には気に入らないけど……と彼女は付け加える。これは、後のフォローが少し大変かもしれないな、と別の意味でため息をついた。

 もっとも、二人のことを心配しているのは彼等だけではない。
「……十センチ高くなったら、な」
 笑っていいのか何なのか……と、いつものように連絡その他という名目でここに足を運んでいた――一説にはそうやって仕事からに逃げているのではないか、といわれている――ディアッカが、目の前で縮こまっているシンに向かって笑いかける。
「まぁ、キラの気持ちもわかるけどな」
 こう言えば、シンが少しだけむっとした表情を作った。そういうところも、誰かさん達とは違ってかわいげはあるよなぁ、と心の中で呟く。
「踏ん切りが欲しいんだろう。踏み出すための」
 そうは思わないか、とミリアリアに話をふる。そうすれば、ホーク姉妹と会話を交わしていた彼女が視線を向けてきた。
「確かに。キラって、割り切るとその後の判断は速いけど……それまで延々と悩むのよね」
 もっとも、キラの場合、その悩みも無駄ではないからいいのだが……と彼女は微笑む。
「悩んでいるキラさんって、一際美人よね」
「……メイリン……」
 ちょっと、とルナマリアが妹をたしなめている。しかし、その後で「否定はできないけど」と続けては意味がないのではないか。そう思う。
「それで、牛乳な……」
 確かに、摂らないよりは摂った方がいいのだろうが……それでも、確実さがあるかどうかと言えば問題ではないだろうか。そんな風にも思う。
「……ちゃんと、飯も食ってますし、運動もしてるから……」
 それに、まだ成長期だし、俺……とシンがぼそぼそと呟くように口にする。それは、下手なことを言ってキラの耳に届いたらまずいと思っているのかもしれない……とディアッカは判断をした。
 自分は言うつもりはないが、女性陣がどうかといえばまずいとしか言いようがないのだ。
「おっさん程度までは、でかくなっても許容範囲だろうしな」
 パイロットは、あまり大柄でない方がいいのだが……とディアッカはさりげなく話題を変える。キラもそれをわかっているからこそ『十センチ』と言ったのだろう。
「しかし、キラも可愛いよな」
 自分より大きい人間であればされてもいいと言うことか、と低い笑いを漏らす。
「もっとも、それを額面通りに受け止めちゃ、ダメだろうがな」
 こう言ってしまうのは、自分がお節介焼きだからなのだろうか。そう思いながらも、ディアッカはこう付け加える。
「……エルスマン先輩?」
 それに、シンが一瞬目を丸くしながら、彼の名を呼んだ。しかし、すぐに納得したというように頷いて見せる。ということは、彼も自分が何を言いたいのかわかっているのだろう。
「……何の話ですか?」
 しかし、メイリンにはわからなかったらしい。こう問いかけてくる。
「要するに、でかくてもアスランみたいじゃ、キラにいずれ嫌われるぞ、って事だって」
 苦笑とともにディアッカはこう答えを返してやった。
「その前に、キラの負担にしかならないならみんなで別れさせるわよ」
 さらにミリアリアがこう言ってくる。
「ミリアリアさん……」
 それって、脅しですか……とシンが慌てて口にした。
「だって、私たちにしてみれば、キラの方が大切だもの」
 努力をしないで、キラの好意にすがっている人間にならなければ大丈夫よ、と付け加えてももう遅いのではないか。そんなことを考えてしまう。
 同時に彼女にそんなことを言わせるような行動を取った元同僚の顔を思い出してしまった。
「……気を付けます……」
 シンも同じ人物を思い出しているのだろう。顔を引き締めるとこう呟く。
「しかし、キラも大変だよな」
 そういうところが周囲の連中が気に入った理由なんだろうな……と思いながらディアッカは笑いとともにこう口にする。
「というよりも、この場合大変なのはシンか?」
 さらに笑いを深めると微妙に言い直した。
「どういう意味?」
 何か引っかかるものを感じたのか。ミリアリアが反応してくる。
「……カガリ以外にも小姑がたくさんいるだろう、妙に権力を持った」
 それが誰のことかは言わなくても彼女にはわかるだろう。
「最初から、それに関しては諦めてましたよ」
 次の瞬間、シンが開き直ったように口を開く。
「他にも、あれこれ妙な知識を教えてくれる人もいるし……そのせいでキラさんの機嫌を損ねたら、誰が責任を取ってくれるんでしょうね」
 さらに付け加えられたこの言葉に、誰もが苦笑を浮かべるしかできなかった。